何か云っているじゃアないか」と坂口は低い声で云った。
 二人は霎時《しばらく》の間、片唾《かたず》をのんで鸚鵡の言葉を聞いた。
「そうだ、ビアトレスさんに電話がかかった時は、此広い家の中に居合したものはお前丈だ」坂口はそう思って、じっと鳥籠を視守った。
 彼は電話の鈴を鳴したり、電話を聞く真似をしたりして苦心の結果、二度程聞いた同じ言葉から、Pという頭文字のついた二|音符《シラブル》の旅館の名を捜出そうと思った。彼は直に電話帳を繰ってPの行を読んでいったが急に顔を輝かして、
「パーク旅館! これに違いない。H公園なら造作ない、私はこれから行ってくる」と叫んだ。
 坂口はそれから三十分後に、旅館の前の横町へ姿を現わした。
 と見ると旅館から出てきた二人の男女が周章《あわただ》しく、出口に待っている自動車の中へ入っていった。何分にも、道路を隔てているので確《しか》とは判らないが、どうやら中折帽を冠っている男は、旅行に行っている筈の伯父であり若い女はビアトレスであるらしく思われた。
 坂口は一直線に往来を横切って、自動車へ馳寄ろうとする瞬間、烈しい爆音をたてて車は動きだした。
「待って下さい
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