いたか、知らぬ間にもとの町へ出て了った。日頃行きつけのベルジアン・カフェで食事を済すと、またコックス家を訪ずれた。
窓という窓は真暗で、只ホールの上の電燈だけが、扉の上の硝子板に明るく映っている。家中は不在であった。
「奥様は先程一寸お帰りになりましたが、また直ぐ外出なさいました。お嬢様はお嬢様で、私が買物に行っている間に、置手紙をして何処かへお出掛になって、まだお戻りになりませんのですよ」女中は不安らしくオドオドした様子で、ビアトレスの書残した紙片《かみ》を坂口に見せた。
彼はホールの電燈の下で、鉛筆の走り書を読んだ。すると突然、ホールの蔭で物音がした。
二人は吃驚して振返った。電話機の横手に吊した、籠の中で、鸚鵡が羽ばたきをしたのである。
「まア、どうしたのでしょう。ゴタゴタしていたものだから、私はすっかり鸚鵡の始末を忘れていたよ」女中は独言をいいながら、帽子掛のついた鏡の前に置いてある鳥籠の覆布《おおい》を持ってきた。
「本統にお嬢様は何処へ行きなすったのだろう、手紙では奥様と御一緒のようでしたが……」と女中がいいかけると、籠の鸚鵡が不意に大声を上げた。
「待て待て、鸚鵡が
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