と思いますが……」坂口は口籠りながら、しどろもどろの返事をしたが、
「すぐ警察へお届けになったら如何です。私に出来る事なら、何でも致しますから、どうぞ御遠慮なく申つけて下さい」と熱心にいった。
 エリスは林の不在をきいて、失望の色を浮べながら帰りかけたが、
「あの娘には可哀そうだけれ共、兎に角無事でいるに違いないから、騒がずにいて下さい。警察へなど、訴えてはいけません。吃度今晩中には帰ってきます。そして林さんがお帰宅になったら、直ぐ家へいらしって下さるようにお願い致します。それから貴郎は明日の朝早く家へいらして下さい」といって力なく石段を下りていった。然しながら彼女の悲しげな顔には、何処か強い決心の表情が現われていた。
 水曜日はやがて日の暮れに近かった。昨夜以来伯父が帰って来ないという事に就ては、決して心配は要らぬという伯父自身の置手紙で、さまで気にする要はないのであるが、ビアトレスに就ては胸が痛くなる程気遣いであった。坂口はもう先刻のように椅子にねそべって雑誌を見ている事は出来なかった。彼は閉切った部屋の中を往ったり来たりしていたが、耐えられなくなって家を出た。
 彼は何処をどう歩
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