の金を引出すと、直に表へ出た。坂口は背後から声をかけたが、エリスは一向気が附かぬらしく、待たせてあった自動車に乗って疾走《はし》り去った。
 坂口は首を傾げながら、ベースウオーター街の自宅へ帰った。心待ちにしていた伯父からの手紙も来ていず、ブラインドを下したままの部屋は暗くて陰気であった。
 彼は窓に近い長椅子の上に横になって、ややもすると引入れられるような不安な心持を紛らす為に、積重ねた雑誌類を手当り次第に拾読していた。と、突然玄関の呼鈴《ベル》が鳴った。坂口は椅子から飛起きて扉を開けに行った。
 そこにはひどく周章《あわ》てた様子でエリスが立っていた。
「貴郎大変です。ビアトレスが何処かへ行って了《しま》いました。私がいま他所から帰りますと、女中に宛てた置手紙があって、それには私から電話がかかったので外出すると、書いてあるのです。私は決して娘に電話をかけたことはありません。吃度何者かに誘拐されたのです」
 坂口は顔色を変えて言葉もなくエリスの顔を視詰めた。
「林さんはいらっしゃいますか」とエリスは気忙しく訊ねた。
「イイエ、不在です。今朝早く何処かへ出掛けました。夜分には帰って来る
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