トやっていたが、廊下に面した扉に鍵の音をさせて、何処へか行って了った。
旅館の中は依然として無人の境のように静かであった。稍々《やや》西に廻った太陽が、赤く窓の桟の上に光を落していた。
ビアトレスは身動きも出来なかった。仮令《たとえ》彼女が死力を尽して猿轡を噛切り、縄を抜けたところで、男の残していった言葉が気になって、迂闊《うかつ》な事も出来ないように思われた。男の言葉はありふれた脅喝《おどかし》かも知れないが、どうやら彼の態度には真実を語っているらしい意味有りげな様子が見えていた。
ビアトレスは眼を閉じて、軽卒にも知らぬ男の電話にかかって、此ような旅館へ監禁された不甲斐なさを、今更のように歯癢《はがゆ》く思った。
四
坂口はクロムウェル街を出て、V停車場を通りかかると、自動車から降りたエリスがあたふたと銀行の中へ入って行くのを見た。
坂口はビアトレスの口から、エリスの此数日来の振舞を聞いていたのと、そそくさと銀行へ入っていった様子が、如何にも訝《いぶか》しく思われたので、踵《きびす》を返して彼女の後に附随《つきしたが》った。
エリスは五百|磅《ポンド》
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