「私はコックス夫人から御伝言を頼まれたものですが、お嬢様に鳥渡《ちょっと》電話口まで出て頂きたいのです」
「私が娘のビアトレスです。貴郎は何誰《どなた》?」
「ハイ、私はパーク旅館《ホテル》の給仕ですが、コックス夫人と林様がこちらで食事をなさるから、貴方様も直ぐいらっしゃるようにと申す事でございます」
「何ですって? 母さんと林さんが何処に居ると仰有《おっしゃ》るのですか」
「こちらは旅館にお滞在《とまり》になっている日本の紳士で近藤様と仰有る方とお三人でございます」
「何旅館とか云いましたね。……電話が遠いのでよく聞えないのです……エエ? パーク旅館?……ああ判りました、パーク旅館ですね。……はアそうですか、百二十八号室は五階ですか……では直ぐ参ります」ビアトレスは電話をきって、イソイソと二階の寝室へ馳上った。
それから数分後に寝室を出てきたビアトレスは、菫色の繻子《サテン》の、袖口や裾に、黒をあしらった衣服を着て、見違える程美しくなっていた。彼女は浮々した様子で階段を馳下りると、女中を捜すために地下室へ行ったが、まだ使にいって帰って来なかった。
ビアトレスは舌打ちをしながら、
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