端にいましたから、彼は右側です。そうです、彼は両手で右の脇腹を抱えながら前へ仆《たお》れたのです」
 それを聞くと、坂口は急に椅子から躍上って、「有難い、伯父さんは無罪だ」と叫んだ。
 エリスの言葉によればその男は彼女の右側におって、右脇腹に弾丸《たま》を受けている。然るに彼が銃声に続いて死骸を認めた時、伯父はその傍に立っていた。坂口は前夜公園の小径を入って径の二股に別れたところから右手の路をとった。左手の路は曲線《カーブ》を描いて大迂回をしながら、腰掛の傍にいて、更に北に向って走っているのであった。
 現場から右手に十間程|距《へだ》てて、真黒な影をつくっているこんもりとした雑木林があった。坂口が拳銃の音をきいた瞬間と、死骸を認めたまでの時間からいっても、右手の雑木林に潜んでいた伯父が、死骸の傍に馳つけるという暇はなし、且つ仮りに十間の距離を、殆んど一瞬のうちに走り得たとしても、坂口の立っていたところから見通しになっていた雑木林と腰掛の間を、坂口の目に触れずに通り終せる事は出来ぬ筈である。して見れば伯父は小径の二股になったところから、左手の径を通っていったものでなければならぬ。男がエリスの右側にいて、右脇を射撃《うた》れたのであれば、何者かが右手の雑木林に潜んでいて発砲したものに違いない。
 彼は呆気にとられているエリスとビアトレスを後に残して、忙しく表へ飛出した。
 坂口はパラメントヒルへ急いだ。そして前夜と同じ道路を通って、兇行のあった場所へ出た。彼は腰掛の前までいって後戻りをすると、径の二股になったところから左手の路をいって見た。次に右手の雑木林へ入込んで、注意深く地上の足跡を検《しら》べたが、晴天続きのために、地面はすっかり乾き固っていた。最初彼は足下の草が踏にじられていたり、灌木の枝や葉が折れちぎれているのを発見して、眼を輝したが、すぐ後からそれは警官や探偵が兇器を捜査する為に入込んだものと知った。
 雑木林を出ると、彼は更に腰掛の附近を思うままに調べて見ようと思ったが、最前からその近くにうろうろしている平服の刑事が、怪訝らしく彼の挙動を見守っていたので、足早に其処を去った。
 池の縁を通りかかったとき、前夜道路を横切っていった女の後姿が、チラと脳裡に浮んだが、公園を出ると既《も》うすっかり忘れていた。彼は市街《まち》へ帰った。然しどういう気持か、ひきつ
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