の旅店に至れば行燈に木賃と書きたる筆の跡さえ肉|痩《や》せて頼み少きに戸を開けば三、四畳の間はむくつけくあやしきおのこ五、六人に塞《ふさ》がれたり。はたと困《こう》じ果ててまたはじめの旅亭に還《かえ》り戸を叩きながら知らぬ旅路に行きくれたる一人旅の悲しさこれより熱海《あたみ》までなお三里ありといえばこよいは得行かじあわれ軒の下なりとも一夜の情を垂れ給えといえども答なし。半《なか》ばおろしたる蔀《しとみ》の上より覗《のぞ》けば四、五人の男女炉を囲みて余念なく玉蜀黍《とうもろこし》の実をもぎいしが夫婦と思しき二人互にささやきあいたる後こなたに向いて旅の人はいり給え一夜のお宿はかし申すべけれども参らすべきものとてはなしという。そは覚期《かくご》の前なり。喰い残りの麦飯なりとも一椀を恵み給わばうれしかるべしとて肩の荷物を卸《おろ》せば十二、三の小娘来りて洗足を参らすべきまでもなし。この風呂に入り給えと勧められてそのまま湯あみすれば小娘はかいがいしく玉蜀黍の殻《から》を抱え来りて風呂にくべなどするさまひなびたるものから中々におかし。
唐きびのからでたく湯や山の宿
奥の一間に請ぜられすすび
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