いつ踊りつ扇などひらめかす手の黒きは日頃田草を取り稲を刈るわざの名残《なごり》にやといとおしく覚ゆ。
刈稲もふじも一つに日暮れけり
韮山《にらやま》をかなたとばかり晩靄《ばんあい》の間に眺めて村々の小道小道に人と馬と打ちまじりて帰り行く頃次の駅までは何里ありやと尋ぬれば軽井沢とてなお、三、四里はありぬべしという。疲れたる膝栗毛に鞭打ちてひた急ぎにいそぐに烏羽玉《うばたま》の闇は一寸さきの馬糞も見えず。足引きずる山路にかかりて後は人にも逢わず家もなし。ふりかえれば遥かの山本に里の灯二ッ三ッ消えつ明りつ。折々|颯《さっ》と吹く風につれて犬の吠ゆる声谷川の響にまじりて聞こゆるさえようようにうしろにはなりぬ。
枯れ柴にくひ入る秋の蛍かな
闇の雁手のひら渡る峠かな
二更過ぐる頃軽井沢に辿り着きてさるべき旅亭もやと尋ぬれども家数、十軒ばかりの山あいの小村それと思《おぼ》しきも見えず。水を汲む女に聞けば旅亭三軒ありといわるるに喜びて一つの旅亭をおとずれて一夜の宿を乞うにこよいはお宿|叶《かな》わずという。次の旅亭に行けば旅人多くして今一人をだに入るる余地なしという。力なくなく次
前へ
次へ
全13ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング