祠とその側に立てたる石碑とのみ空しく秋にあれて中々にとうとし。うやうやしく祠前に手をつきて拝めば数百年の昔、目の前に現れて覚えずほろほろと落つる涙の玉はらいもあえず一《ひと》もとの草花を手向《たむけ》にもがなと見まわせども苔蒸したる石燈籠の外は何もなし。思いたえてふり向く途端《とたん》、手にさわる一蓋の菅笠、おおこれよこれよとその笠手にささげてほこらに納め行脚の行末をまもり給えとしばし祈りて山を下るに兄弟急難とのみつぶやかれて
鶺鴒やこの笠たゝくことなかれ
ここより足をかえしてけさ馬車にて駆けり来りし道を辿るにおぼろげにそれかと見し山々川々もつくづくと杖のさきにながめられて素読のあとに講義を聞くが如し。橋あり長さ数十間その尽くる処|嶄岩《ざんがん》屹立《きつりつ》し玉筍《ぎょくしゅん》地を劈《つんざ》きて出ずるの勢あり。橋守に問えば水晶巌なりと答う。
水晶のいはほに蔦の錦かな
南条より横にはいれば村社の祭礼なりとて家ごとに行燈《あんどん》を掛け発句《ほっく》地口《じぐち》など様々に書き散らす。若人はたすきりりしくあやどりて踊り屋台を引けば上にはまだうら若き里のおとめの舞
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