旅の旅の旅
正岡子規

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)脆《もろ》く

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)盃酒|忽焉《こつえん》
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 汽笛一声京城を後にして五十三亭一日に見尽すとも水村山郭の絶風光は雲煙過眼よりも脆《もろ》く写真屋の看板に名所古跡を見るよりもなおはかなく一瞥《いちべつ》の後また跡かたを留めず。誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに車あり食うに肉あり。手を敲《たた》けば盃酒|忽焉《こつえん》として前に出《い》で財布を敲《たた》けば美人|嫣然《えんぜん》として後に現る。誰かはこれを指して客舎という。かかる客舎は公共の別荘めきていとうるさし。幾里の登り阪を草鞋《わらじ》のあら緒にくわれて見知らぬ順礼の介抱に他生《たしょう》の縁を感じ馬子に叱られ駕籠舁《かごかき》に嘲《あざけ》られながらぶらりぶらりと急がぬ旅路に白雲を踏み草花を摘《つ》む。実《げ》にやもののあわれはこれよりぞ知るべき。はた十銭のはたごに六部道者と合い宿の寝言は熟眠を驚かし、小石に似たる飯、馬の尿に似たる渋茶にひもじ腹をこやして一枚の
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