趣向なるがその景色の内にて最も目立つ者は梅が香にあらずして病鶴なるべし。しかるに病鶴は一首の初め一寸置かれて客たるべき梅の香が結句に置かれし故尻軽くして落ちつかぬなり。せめて病鶴を三、四の句に置かばこの尻軽を免れたらん。一番|旨《うま》い皿を初めに出しては後々に出る物のまづく感ぜらるる故に肉汁を初に、フライまたはオムレツを次に、ビステキを最後に出すなり。されど濃厚なるビステキにてひたと打ち切りてはかへつて物足らぬ故更に附物《つけもの》として趣味の変りたるサラダか珈琲《コーヒー》菓物《くだもの》の類を出す。歌にてもいかに病鶴が主なればとて必ず結句の最後に病鶴と置くべしとにはあらず。病鶴を三、四の句に置きて「梅かをる朝」といふ如きサラダ的一句を添ふるは悪き事もなかるべけれどさうなりし処でこの「梅かをる朝」といふ句にては面白からず。この結一句の意味は判然と分らねどこれにては梅の樹見えずして薫《かおり》のみする者の如し。さすれば極めてことさらなる趣向にて他と調和せず。何故といふに梅が香は人糞《じんぷん》の如き高き香にあらねばやや遠き処にありてこれを聞くには特に鼻の神経を鋭くせずば聞えず。もしス
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