の歌人に向ひて、昔より伝へられたる数十百の歌集の中にて最《もっとも》善き歌を多く集めたるは何の集ぞ、と問はん時、そは『万葉集』なり、と答へん者|賀茂真淵《かものまぶち》を始め三、四人もあるべきか。その三、四人の中には余り世人に知られぬ平賀元義《ひらがもとよし》といふ人も必ず加はり居るなり。次にこれら歌人に向ひて、しからば我々の歌を作る手本として学ぶべきは何の集ぞ、と問はん時、そは『万葉集』なり、と躊躇《ちゅうちょ》なく答へん者は平賀元義一人なるべし。万葉以後一千年の久しき間に万葉の真価を認めて万葉を模倣《もほう》し万葉調の歌を世に残したる者実に備前《びぜん》の歌人平賀元義一人のみ。真淵の如きはただ万葉の皮相を見たるに過ぎざるなり。世に羲之《ぎし》を尊敬せざる書家なく、杜甫《とほ》を尊敬せざる詩家なく、芭蕉《ばしょう》を尊敬せざる俳家なし。しかも羲之に似たる書、杜甫に似たる詩、芭蕉に似たる俳句に至りては幾百千年の間絶無にして稀有《けう》なり。歌人の万葉におけるはこれに似てこれよりも更に甚《はなは》だしき者あり。彼らは万葉を尊敬し人丸《ひとまろ》を歌聖とする事において全く一致しながらも毫《
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