月二十二日)

 漱石が倫敦《ロンドン》の場末の下宿屋にくすぶつて居ると、下宿屋の上《かみ》さんが、お前トンネルといふ字を知つてるかだの、ストロー(藁《わら》)といふ字の意味を知つてるか、などと問はれるのでさすがの文学士も返答に困るさうだ。この頃|伯林《ベルリン》の灌仏会《かんぶつえ》に滔々《とうとう》として独逸《ドイツ》語で演説した文学士なんかにくらべると倫敦の日本人はよほど不景気と見える。[#地から2字上げ](五月二十三日)

 病床に寐て一人聞いて居ると、垣の外でよその細君の立話がおもしろい。
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あなたネ提灯《ちょうちん》を借りたら新しい蝋燭《ろうそく》をつけて返すのがあたりまへですネそれをあなた前の蝋燭も取つてしまふ人がありますヨ同じ事ですけれどもネさういつたやうな事がネ……
[#ここで字下げ終わり]
などとどつかの悪口をいつて居る。今の政治家実業家などは皆提灯を借りて蝋燭を分捕《ぶんどり》する方の側だ。尤《もっと》もづうづうしいやつは提灯ぐるみに取つてしまつて平気で居るやつもある。
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提灯を返せ/\と時鳥《ほととぎす》
[#ここで字
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