一般の俳句界を概括してこれを言へば「蕪村《ぶそん》調成功の時期」とも言ふべきか。
 蕪村崇拝の声は早くも已に明治二十八、九年の頃に盛なりしかど実際蕪村調とおぼしき句の多く出でたるは明治三十年以後の事なるべし。而して今日蕪村調成功の時期といふも他日より見れば如何なるべきか固より予《あらかじ》め知る能はず。
 太祇《たいぎ》蕪村|召波《しょうは》几董《きとう》らを学びし結果は啻《ただ》に新趣味を加へたるのみならず言ひ廻しに自在を得て複雑なる事物を能く料理するに至り、従ひてこれまで捨てて取らざりし人事を好んで材料と為すの異観を呈せり。これ余がかつて唱道したる「俳句は天然を詠ずるに適して人事を詠ずるに適せず」といふ議論を事実的に打破したるが如し。
『春夏秋冬』は最近三、四年の俳句界を代表したる俳句集となさんと思へり。しかも俳句切抜帳に対して択ばんとすれば俳句多くして紙数に限りあり、遂に茫然として為す所を知らず。辛うじて択び得たる者また到底俳句界を代表し得る者に非ず。されどもし『新俳句』を取つてこれと対照せばその差|啻《ただ》に五十歩百歩のみならざるべし。
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明治三十四年五
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