で、伯父の内へ往て後独り野道へ出て何かこの懐剣で切つて見たいと思ふて終《つい》にとめ紐《ひも》を解いてしまふた。そこでその足元にあつた細い草を一本つかんでフツと切ると固《もと》より切るほどの草でもなかつたので力は余つて懐剣の切先《きっさき》は余が左足の足首の処を少し突き破つた。子供心に当惑して泣く泣く伯父の内まで帰ると果して母にさんざん叱られた事があつた。その時の小さい疵《きず》は長く残つて居てそれを見るたびに昔を偲《しの》ぶ種となつて居たが、今はその左の足の足首を見る事が出来ぬやうになつてしまふた。[#地から2字上げ](五月十六日)

 痛くて痛くてたまらぬ時、十四、五年前に見た吾妻村《あずまむら》あたりの植木屋の石竹畠《せきちくばたけ》を思ひ出して見た。[#地から2字上げ](五月十七日)

『春夏秋冬』序
『春夏秋冬』は明治の俳句を集めて四季に分《わか》ち更に四季の各題目によりて編《あ》みたる一小冊子なり。
『春夏秋冬』は俳句の時代において『新俳句』に次ぐ者なり。『新俳句』は明治三十年|三川《さんせん》の依托《いたく》により余の選抜したる者なるが明治三十一年一月余は同書に序して

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