ぬ。かくなりては極めて柔かなるものも噛まずに呑み込まざるべからず。噛まずに呑み込めば美味を感ぜざるのみならず、腸胃|直《ただち》に痛みて痙攣《けいれん》を起す。是《ここ》において衛生上の営養と快心的の娯楽と一時に奪ひ去られ、衰弱とみに加はり昼夜|悶々《もんもん》、忽《たちま》ち例の問題は起る「人間は何が故に生きて居らざるべからざるか」
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さへづるやから臼《うす》なす、奥の歯は虫ばみけらし、はたつ物魚をもくはえず、木の実をば噛みても痛む、武蔵野の甘菜《あまな》辛菜《からな》を、粥汁にまぜても煮ねば、いや日けに我つく息の、ほそり行くかも
下総《しもうさ》の結城《ゆうき》の里ゆ送り来し春の鶉《うずら》をくはん歯もがも
菅《すが》の根の永き一日《ひとひ》を飯《いい》もくはず知る人も来ずくらしかねつも
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[#地から2字上げ](五月九日)

 ある人いふ、『宝船』第二号に
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やはらかに風が引手《ひくて》の柳かな     鬼史《きし》
銭金《ぜにかね》を湯水につかふ桜かな      月兎《げっと》
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の二句あ
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