ればおぼつかなくも筆を取りて
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瓶《かめ》にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり
瓶にさす藤の花ぶさ一ふさはかさねし書の上に垂れたり
藤なみの花をし見れば奈良のみかど京のみかどの昔こひしも
藤なみの花をし見れば紫の絵の具取り出で写さんと思ふ
藤なみの花の紫絵にかゝばこき紫にかくべかりけり
瓶にさす藤の花ぶさ花|垂《た》れて病の牀に春暮れんとす
去年《こぞ》の春亀戸に藤を見しことを今藤を見て思ひいでつも
くれなゐの牡丹《ぼたん》の花にさきだちて藤の紫咲きいでにけり
この藤は早く咲きたり亀井戸《かめいど》の藤咲かまくは十日まり後
八入折《やしおおり》の酒にひたせばしをれたる藤なみの花よみがへり咲く
[#ここで字下げ終わり]
 おだやかならぬふしもありがちながら病のひまの筆のすさみは日頃|稀《まれ》なる心やりなりけり。をかしき春の一夜や。[#地から2字上げ](四月二十八日)

 春雨|霏々《ひひ》。病牀|徒然《とぜん》。天井を見れば風車《かざぐるま》五色に輝き、枕辺を見れば瓶中《へいちゅう》の藤紫にして一尺垂れたり。ガラス戸の外を見れば満庭の新緑雨に濡れ
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