とあるが如き余り杜撰《ずさん》なるべし。用筆簡淡の四字は光琳の画を形容し得ざるのみならずむしろ光琳風の如き画の感じを少しも含まざるなり。何はともあれ光琳の画の第一の特色は他諸家の輪郭的なるに反して没骨《もっこつ》的なる処にあり、而してこの用筆簡淡の四字が果して没骨画に対する批評と見るを得べき語なるか、何人も恐らくは爾《し》か思はざるべし。撰者もまたそんな事を考へたるにはあらで筆の先にてゴマカシたるや必せり。あるいは
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マタ茶道ヲ千宗佐《せんそうさ》ニ受ケテ漆器ノ描金《びょうきん》ニ妙ヲ得|硯箱《すずりばこ》茶器ノ製作ニ巧ミナリ
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とあるが如き少しも意を解せず。この文にて見ると光琳は茶を習ひしため蒔絵《まきえ》が上手になりたる事と聞ゆ。『論語』を習ひに往たら数学が上手になつたといふ如き類にて、狐《きつね》を馬に載せたる奇論法なり。もし二句何の関係もなき者ならば何故に続けて書けるか分らず。そのほか怪しげなる事多し。撰者夢中の作とおぼし。何にもせよ今の世に光琳の名を世にひろめんとする者、画を知らぬ漢文書きに頼みてその伝を書かしむるなど馬鹿な事な
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