準1−93−66]良詩《くいけらし》昔見四従《むかしみしより》肥坐二※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]林《こえましにけり》

  讃岐《さぬき》の国に渡りける時|吉備《きび》の児島の逢崎にて
逢崎《おうさき》は名にこそありけれはしけやし吾妹《わぎも》が家は雲井かくりぬ

  美作《みまさか》に在ける時故郷の酒妓のもとより文おこせければ
春の田をかへす/″\も妹が文見つゝし居れば夜ぞあけにける
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 妹に関する歌は実に元義の歌の過半を占め居るなり。[#地から2字上げ](二月二十日)

 元義の熱情は彼の不平と共に澆《そそ》ぎ出されて時に狂態を演ぜし事なきに非《あらざ》るも、元来彼は堅固なる信仰と超絶せる識見の上に立ちて自己の主義を守るを本分としたる者にして、決して恋の奴隷となりて終るが如き者に非ず。さればその歌に吾妹子の語多きに対してますらをの語多きが如きまた以て彼が堂々たる大丈夫《だいじょうぶ》を以て自《みずか》ら任じたるを知るに足る。ますらをの歌

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  西蕃漢張良賛
言《こと》あげて雖称《ほむとも》つきじ月の没《い》る西の戎《えみし》の大丈夫《ますらお》ごゝろ

  望加佐米山
高田のや加佐米《かさめ》の山のつむじ風ますらたけをが笠吹きはなつ

  自庭妹郷至松島途中
大井川朝風寒み大丈夫《ますらお》と念《おも》ひてありし吾ぞはなひる

  遊于梅園
丈夫《ますらお》はいたも痩《や》せりき梅の花心つくして相見つるから

  失題
天地《あめつち》の神に祈りて大丈夫を君にかならず令生《うませ》ざらめや
鳥が鳴くあづまの旅に丈夫が出立《いでたち》将行《ゆかん》春ぞ近づく
石竹《なでしこ》もにくゝはあらねど丈夫の見るべき花は夏菊の花

  業合大枝を訪ふ
弓柄《ゆつか》とるますらをのこし思ふこととげずほとほとかへるべきかは
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 元義は妹《いも》といはでもあるべき歌に妹の語を濫用《らんよう》せしと同じく丈夫《ますらお》といはでもあるべき歌に丈夫の語を濫用せり。此《かく》の如き者即ち両面における元義の性情をあらはしたる者に外ならず。[#地から2字上げ](二月二十一日)

 元義は大丈夫を以て、日本男児を以て、国学者を以て自ら任じたるべく、詠歌《えいか》の如きは固《もと》よりその余技に属せしものならん。古学に対する彼の学説は必ず大いに聞くべきものありしならんも、今日において遺稿などの其《それ》を徴《ちょう》するに足るものなきは遺憾なり。今その歌について多少その主義を表したりと思ふものを挙げんに

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  失題
おほろかに思ふな子ども皇祖《すめおや》の御書《みふみ》に載《の》れる神の宮処《みやどころ》

  喩高階騰麿
菅《すが》の根の長き春日《はるひ》を徒《いたずら》に暮らさん人は猿にかもおとる

  題西蕃寿老人画
ことさへぐ国の長人《ながひと》さかづきに其が影うつせ妹《いも》にのません

  和安田定三作
今日よりは朝廷《みかど》たふとみさひづるや唐国人《からくにびと》にへつらふなゆめ

  備中闇師城に学舎をたてゝ漢文よませらるゝときゝて
暗四鬼《くらしき》の司人等《つかさびとたち》ねがはくは皇御国《すめらみくに》の大道《おおみち》を行け

  失題
大君《おおきみ》の御稜威加賀焼《みいつかがやく》日之本荷《ひのもとに》狂業須流奈《たわわざするな》痴廼漢人《おそのからびと》
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[#地から2字上げ](二月二十二日)

 以上挙ぐる所を以て元義の歌の如何なるかはほぼこれを知る事を得べし。元義は終始万葉調を学ばんとしたるがためにその格調の高古《こうこ》にして些《いささか》の俗気なきと共にその趣向は平淡にして変化に乏しきの感あり。されど時としては情の発する所格調の如何《いかん》を顧みるに遑《いとま》あらずしてやや異様の歌となる事なきに非ず。例

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  高階謙満宅宴飲
天照皇御神《あまてらすすめらみかみ》も酒に酔ひて吐き散らすをば許したまひき

  述懐
大《おお》な牟遅神《むちかみ》の命《みこと》は袋|負《お》ひをけの命は牛かひましき

  失題
足引《あしびき》の山中|治左《じさ》が佩《は》ける太刀《たち》神代《かみよ》もきかずあはれ長太刀
五番町石橋の上で我《わが》○○をたぐさにとりし我妹子《わぎもこ》あはれ
弥兵衛《やひょうえ》が十《と》つかの剣《つるぎ》遂に抜きて富子《とみこ》を斬《き》りて二《ふた》きだとなす
弥兵衛がこやせる屍《かばね》うじたかれ見る我さへにたぐりすらしも
吾|独《ひとり》知るとまをさばかむろぎのすくなひこなにつらくはれんか
弓削破只《ゆげはただ》名二社在※[#「奚+隹
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