備後《びんご》三郎|大人《うし》の詩の心を
吾|大君《おおきみ》ものなおもほし大君の御楯とならん我なけなくに

  失題
大君の御門《みかど》国守《くにもり》まなり坂|月《つき》面白しあれ独り行く(御門国守まなり坂は皆地名)
高島の神島山を見に来れば磯まの浦に鶴《たず》さはに鳴く
妻ごみに籠《こも》りし神の神代より清《すが》の熊野に立てる雲かも
うへ山は山風寒しちゝの実《み》の父の命の足冷ゆらしも

  三家郷八幡大神の大御行幸《おおみゆき》を拝み奉りて
掛《かけ》まくも文《あや》に恐《かしこ》き、いはまくも穴に尊き、広幡《ひろはた》の八幡《やはた》の御神《みかみ》、此浦の行幸《いでまし》の宮に、八百日日《やおかび》はありといへども、八月《はつき》の今日を足日《たるひ》と、行幸して遊び坐《いま》せば、神主《かみぬし》は御前に立ちて、幣帛《みてぐら》を捧げ仕《つか》ふれ、真子《まなご》なす御神の子等は、木綿《ゆう》あさね髪|結《ゆ》ひ垂《た》らし、胸乳《むなぢ》をしあらはし出だし、裳緒《もひも》をばほとに押し垂れ、歌ひ舞ひ仕へまつらふ、今日の尊さ

  十一月三日芳野村看梅作歌
板倉と撫川《なずかわ》の郷《さと》の、中を行く芳野の川の、川岸に幾許《ここら》所開《さける》は、誰《たが》栽《うえ》し梅にかあるらん、十一月《しもつき》の月の始を、早も咲有流《さきたる》
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[#地から2字上げ](二月十七日)

 元義の歌

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  送大西景枝
真金《まがね》吹く吉備《きび》の海に、朝なぎに来依《きよ》る深海松《ふかみる》、夕なぎに来依る○みる、深みるのよせて来《こ》し君、○みるのよせて来し君、いかなれや国へかへらす、ちゝのみの父を思へか、いとこやの妹《いも》を思へか、剣《つるぎ》太刀《たち》腰に取佩《とりは》き、古《いにしえ》の本《ふみ》を手《た》にぎり、国へかへらす

  十二月五日御野郡の路上にて伊予の山を見てよめる歌并短歌
百足《ももた》らず伊予路を見れば、山の末島の崎々、真白にぞみ雪ふりたれ、並立《なみたち》の山のこと/″\、見渡《みわたし》の島のこと/″\、冬といへど雪だに見えぬ、山陽《かげとも》の吉備の御国は、住《すみ》よくありけり

  反歌
吹風ものどに吹なり冬といへど雪だにふらぬ吉備の国内《くぬち》は
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[#地から2字上げ](二月十八日)


 元義の歌には妹《いも》または吾妹子《わぎもこ》の語を用ゐる極めて多し。故に吾妹子先生の諢名《あだな》を負へりとぞ。けだし元義は熱情の人なりしを以て婦女に対する愛の自《おのずか》ら詞藻《しそう》の上にあらはれしも多かるべく、彼が事実以外の事を歌に詠まざりきといふに思ひ合せても吾妹子の歌は必ず空想のみにも非《あらざ》るべし。『古今集』以後空想の文字に過ぎざりし恋の歌は元義に至りて万葉の昔に復《かえ》り再び基礎を感情の上に置くに至れり。吾妹子の歌左に

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  失題
妹《いも》と二人|暁《あかとき》露に立濡れて向《むか》つ峰上《おのえ》の月を看《み》るかも
妹が家の向《むかい》の山はま木の葉の若葉すゞしくおひいでにけり
鴨山《かもやま》の滝津《たきつ》白浪《しらなみ》さにつらふをとめと二人見れど飽かぬかも
久方《ひさかた》の天《あま》つ金山《かなやま》加佐米山《かさめやま》雪ふりつめり妹は見つるや
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[#地から2字上げ](二月十九日)

 元義|吾妹子《わぎもこ》の歌

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  遊于下原
石上《いそのかみ》ふりにし妹が園の梅見れどもあかず妹が園の梅

  正月晦日
皆人の得がてにすちふ君を得て吾《わが》率寝《いぬ》る夜は人な来《きた》りそ

  自玉島至下原途中
矢かたをうち出て見れば梅の花|咲有《さける》山辺《やまべ》に妹が家見ゆ

  河辺渡口
若草の妻の子故に川辺《かわべ》川しば/\渡る嬬《つま》の子故に

  自下原至篠沖村路上
吾妹子《わぎもこ》を山北《そとも》に置きて吾《わが》くれば浜風寒し山南《かげとも》の海

  夜更けて女のもとに行きて
有明《ありあけ》の月夜《つくよ》をあかみ此園《このその》の紅葉《もみじ》見に来《き》つ其《その》戸|令開《ひらかせ》

  従児島還一宮途中
妹《いも》に恋ひ汗入《あせり》の山をこえ来れば春の月夜に雁《かり》鳴きわたる

  失題
妹が家の板戸|押《おし》ひらき吾《わが》入れば太刀の手上《たがみ》に花散りかゝる
夕闇の道は暗けど吾妹子に恋ひてすべなみ出《いで》てくるかも
遠くともいそげ大まろ吾妹子に早も見せまくほしき此文
吾妹児破《わぎもこは》都婆那乎《つばなを》許多《ここだ》食※[#「奚+隹」、第3水
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