るべし。とにかくに仕事は簡単にして容易なり。かつ新仮字増補の主意は、強制的に行はぬ以上は、唯一人反対する者なかるべし。余は二、三十人の学者たちが集りて試に新仮字を作りこれを世に公にせられん事を望むなり。[#地から2字上げ](三月十一日)
不平十ヶ条
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一、元老の死にさうで死なぬ不平
一、いくさの始まりさうで始まらぬ不平
一、大きな頭の出ぬ不平
一、郵便の消印が読めぬ不平
一、白米小売相場の容易に下落せぬ不平
一、板ガラスの日本で出来ぬ不平
一、日本画家に油絵の味が分らぬ不平
一、西洋人に日本酒の味が分らぬ不平
一、野道の真直について居らぬ不平
一、人間に羽の生えて居らぬ不平
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[#地から2字上げ](三月十二日)
多くの人の俳句を見るに自己の頭脳をしぼりてしぼり出したるは誠に少く、新聞雑誌に出たる他人の句を五文字ばかり置きかへて何知らぬ顔にてまた新聞雑誌へ投書するなり。一例を挙げていはば
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○○○○○裏の小山に上りけり
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といふ十二字ありとせんに初《しょ》五に何にても季の題を置きて句とするなり。「長き日の」「のどかさの」「霞む日の」「炉《ろ》塞いで」「桜咲く」「名月や」「小春日の」等そのほか如何なる題にても大方つかぬといふはなし。実に重宝なる十二字なり。あるいは
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灯《ひ》をともす石燈籠《いしどうろう》や○○○○○
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といふ十二字を得たらば「梅の花」「糸柳」「糸桜」「春の雨」「夕涼み」「庭の雪」「夕|時雨《しぐれ》」などそのほか様々なる題をくつつけるなり。あるいは
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広目屋の広告通る○○○○○
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といふ十二字ならば「春日かな」「日永かな」「柳かな」「桜かな」「暖き」「小春かな」などを置くなり。これがためには予《かね》てより新聞雑誌の俳句を切り抜き置き、いざ句作といふ時にそれをひろげてあちらこちらを取り合せ、十句にても百句にてもたちどころに成るを直《ただち》にこれを投書として郵便に附す。選者もしその陳腐|剽窃《ひょうせつ》なることを知らずして一句にても二句にてもこれを載すれば、投句者は鬼の首を獲《え》たらん如くに喜びて友人に誇り示す。此《かく》の如き模倣剽窃の時期は誰にも一度はある
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