刈りて後その畑を打ち返して水田となす事はあれどそは夏にして春にあらず、それ故関西の者には春季に田を打つといふ事かへつて合点《がてん》行かず、何とはなしに畑打と思ひ誤りたる者ならん。されど古来誤り詠みたる畑打の句を見また我々が今まで畑打と詠み来りたる心を思ふに、固《もと》より田と畑とを判然と区別して詠めるにもあらず、ただ厳寒の候も過ぎ春暖くなるにつれて百姓どもの野らに出て男も女も鍬《くわ》ふりあぐる様ののどかさを春のものと見たるに過ぎず。さはれ左千夫の実験談は参考の材料として聞き置くべき値《あたい》あり。[#地から2字上げ](四月十四日)

 ガラス玉に金魚を十ばかり入れて机の上に置いてある。余は痛《いたみ》をこらへながら病床からつくづくと見て居る。痛い事も痛いが綺麗《きれい》な事も綺麗ぢや。[#地から2字上げ](四月十五日)

 筋《すじ》の痛を怺《こら》へて臥し居れば昼静かなる根岸の日の永さ
[#ここから5字下げ]
パン売の太鼓も鳴らず日の永き
[#ここで字下げ終わり]
 上野は花盛《はなざかり》学校の運動会は日ごと絶えざるこの頃の庵《いお》の眺《ながめ》
[#ここから5字下げ]
松杉や花の上野の後側
[#ここで字下げ終わり]
 把栗《はりつ》鼠骨《そこつ》が一昨年我病を慰めたる牡丹《ぼたん》去年《こぞ》は咲かずて
[#ここから5字下げ]
三年目に蕾《つぼみ》たのもし牡丹の芽
[#ここで字下げ終わり]
 窓前の大鳥籠には中に木を栽《う》ゑて枝々に藁《わら》の巣を掛く
[#ここから5字下げ]
追込の鳥早く寐る日永かな
[#ここで字下げ終わり]
 毎日の発熱毎日の蜜柑《みかん》この頃の蜜柑はやや腐りたるが旨《うま》き
[#ここから5字下げ]
春深く腐りし蜜柑好みけり
[#ここで字下げ終わり]
 隣医|瓢《ひさご》を花活《はないけ》に造り椿《つばき》を活けて贈り来る滑稽の人なり
[#ここから5字下げ]
ひねくり者ありふくべ屋椿とぞ呼べる
[#ここで字下げ終わり]
 焚《た》かねば邪魔になる煖炉《だんろ》取除《とりの》けさせたる次の朝の寒さ
[#ここから5字下げ]
煖炉取りて六畳の間の広さかな
[#ここで字下げ終わり]
 歯の痛三処に起りて柔かき物さへ噛みがてにする昨今
[#ここから5字下げ]
筍《たけのこ》に虫歯痛みて暮の春
[#ここで字下げ終わり]
 或人|苔《こけ》
前へ 次へ
全98ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング