を封じ来るこは奈良|春日神社《かすがじんじゃ》石燈籠《いしどうろう》の苔なりと
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苔を包む紙のしめりや春の雨
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[#地から2字上げ](四月十六日)

 鼠骨が使をよこしてブリキのカンをくれといふからやつたら、そのカンの中へ御《み》くじを入れて来た。先づ一本引いて見たらば、第九十七凶といふので、その文句は
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霧罟重楼屋《むころうおくをかさぬ》  佳人水上行《かじんすいじょうにゆく》  白雲帰去路《はくうんかえりさるのみち》  不見月波澄《げっぱすむをみず》
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といふのであつた。この文句の解釈が出来んので、それから後毎日考へてもう三十日も考へ続けて居るが今に少しも解釈の手掛が出来ぬ。[#地から2字上げ](四月十七日)

 今日は朝よりの春雨やや寒さを覚えて蒲団|引被《ひきかぶ》り臥し居り。垣根の山吹やうやうに綻《ほころ》び、盆栽の桃の花は西洋葵《せいようあおい》と並びて高き台の上に置かれたるなどガラス越に見ゆ。午後は体もぬくもり殊に今日は痛《いたみ》もうすらぎたれば静かに俳句の選抜など余念なき折から、本所《ほんじょ》の茶博士より一封の郵書来りぬ。披《ひら》き見れば他の詞《ことば》はなくて
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擬墨汁一滴《ぼくじゅういってきにぎす》              左
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総じて物にはたらきなきは面白からず。されどもはたらき目だちて表に露《あらわ》れたるはかへつていやしき処あり。内にはたらきありて表ははたらきなきやうなるが殊にめでたきなり。
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道入《どうにゅう》の楽《らく》の茶碗や落椿
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春雨のつれづれなるままの戯《たわぶれ》にこそ、と書きたり。時に取りていとをかし。
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[#地から2字上げ](四月十八日)

 をかしければ笑ふ。悲しければ泣く。しかし痛の烈しい時には仕様がないから、うめくか、叫ぶか、泣くか、または黙つてこらへて居るかする。その中で黙つてこらへて居るのが一番苦しい。盛んにうめき、盛んに叫び、盛んに泣くと少しく痛が減ずる。[#地から2字上げ](四月十九日)

 諸方より手紙|被下《くだされ》候諸氏へ一度に御返事申上候。小生の病気につきいろいろ御注意被下、あるいは深山にあ
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