このぬれける袖もたちまちかわきぬべう思はるれば、この新しき井の号を袖干井《そでひのい》とつけて
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濡《ぬら》しこし妹が袖干《そでひ》の井の水の涌出《わきいづ》るばかりうれしかりける
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 家に婢僕《ひぼく》なく、最合井《もあいい》遠くして、雪の朝、雨の夕の小言《こごと》は我らも聞き馴《な》れたり。
「独楽※[#「口+金」、第3水準1−15−5]《どくらくぎん》」と題せる歌五十余首あり。歌としては秀逸ならねど彼の性質、生活、嗜好《しこう》などを知るには最《もっとも》便ある歌なり。その中に
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たのしみはあき米櫃《こめびつ》に米いでき今一月はよしといふ時
たのしみはまれに魚|烹《に》て児等《こら》皆がうましうましといひて食ふ時
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など貧苦の様を詠みたるもあり。
 文人の貧《ひん》に処《お》るは普通のことにして、彼らがいくばくか誇張的にその貧を文字に綴《つづ》るもまた普通のことなり。しこうしてその文字の中には胸裏に蟠《わだかま》る不平の反応として厭世《えんせい》的または嘲俗《ちょうぞく》的の語句を見るもま
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