ところどころをもゆるしなう、机もなにもうばひとりてこなたかなたへうつしやる、おのれは盗人の入《いり》たらん夜のここちしてうろたへつつ、かたへなるところに身をちひさくなしてこのをの子のありさま見をる、我ながらをかしさねんじあへて
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あるじをもここにかしこに追たてて壁ぬるをのこ屋中塗りめぐる
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 家の狭さと、あるじの無頓着《むとんちゃく》さとはこの言葉書《ことばがき》の中にあらわれて、その人その光景目前に見るがごとし。
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おのがすみかあまたたび所うつりかへけれど、いづこもいづこも家に井なきところのみ、妻して水|汲《く》みはこばする事もかきかぞふれば二十年あまりの年をぞへにきける、あはれ今はめもやうやう老《おい》にたれば、いつまでかかくてあらすべきとて、貧き中にもおもひわづらはるるあまり、からうじて井ほらせけるにいときよき水あふれ出《い》づ、さくもてくみとらるべきばかりおほうあるぞいとうれしき、いつばかりなりけむ□「しほならであさなゆふなに汲む水もからき世なりとぬらす袖《そで》かな」と、そぞろごといひけることのありしか、今は
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