覧ならざる人の口より出《い》で得べきか否かを考えみよ。陽に清貧を楽《たのし》んで陰に不平を蓄うるかの似而非《えせ》文人が「独楽※[#「口+金」、第3水準1−15−5]」という題目の下にはたして饅頭、焼豆腐の味を思い出だすべきか。彼らは酒の池、肉の林と歌わずんば必ずや麦の飯、藜《あかざ》の羹《あつもの》と歌わん。饅頭、焼豆腐を取ってわざわざこれを三十一文字に綴《つづ》る者、曙覧の安心ありて始めてこれあるべし。あら面白の饅頭、焼豆腐や。
安心の人に誇張あるべからず、平和の詩に虚飾あるべからず。余は更に進んで曙覧に一点の誇張、虚飾なきことを証せん。似而非《えせ》文人は曰く、黄金|百万緡《ひゃくまんびん》は門前のくろ(犬)の糞のごとしと。曙覧は曰く
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たのしみは銭なくなりてわびをるに人の来《きた》りて銭くれし時
たのしみは物をかかせて善《よ》き価|惜《おし》みげもなく人のくれし時
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曙覧は欺かざるなり。彼は銭を糞の如しとは言わず、あどけなくも彼は銭を貰《もら》いし時のうれしさを歌い出だせり。なお正直にも彼は銭を多く貰いし時の思いがけなきうれしさ
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