らずして下層にあり、御茶の水上橋に非ずして御茶の水下橋にあり(橋の名のかく名づけられたるなり)下橋を渡りて隧道《ずいどう》に依りて通ずる幾個の地下国は尽くこれ待合(今の待合とやや性質を異にす)にして、毎家、幾多の蛾眉《がび》を貯ふ。房廓は昼夜数百の電燈を点じて、清気機は常に新鮮なる空気を供給す。房中の粧飾、衣服の驕奢《きょうしゃ》、楼に依り、房に依り、人に依りて各その好尚を異にす。濃艶なる者は金銀珠玉、鳳凰《ほうおう》舞ひ孔雀《くじゃく》鳴く。清楚なる者は白沙浅水、涼風起り白鷺《しらさぎ》飛ぶ。洋風なる者は束髪長裾、俗にこれを嬢と呼び、和装なる者は雲髻《うんけい》寛袖、俗にこれを姫といふ。小桜姫とレツドローズ嬢とは両派の名妓にして彼が一月の纏頭《てんとう》は二万円を下らずといふ。世人この地を称して楽園と呼びまた白魔窟と呼ぶ。かつてここに遊びたる紳商某は足再びその室を出でずして鉅万《きょまん》の産を蕩尽《とうじん》したる事あり。文士某がこの地の名妓仇国と心中したる時の遺書は一巻の小説として出版せられその売高は以てその生前の負債を償ひたる事あり。
 有名なる考証家中邦婀娜夢氏は『四百年後の
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