て崖低く水に臨む処にあり。上層と下層と相通ずるには石階を取つて迂回《うかい》すべく、昇降機に依りて上下すべし。両岸楼閣には旅館あり、割烹《かっぽう》店あり、喫茶|珈琲《コーヒー》店あり、金銀雑器書画雑貨を陳列せる高等商店あり、神田婦人|倶楽部《クラブ》あり、新派俳優倶楽部あり、新奇発明の色取写真店あり。スルガホテルは旅館の最大なる者、茗渓楼《めいけいろう》は割烹店の最流行せる者、喫茶珈琲店の巨魁《きょかい》たる、小赤壁亭が一種の社交倶楽部的組織を以て、雅俗を問はず一般に歓迎せらるるは同亭に出入する煙草《タバコ》吸殻商の産を興したるにても知るべし。あるとある贅沢《ぜいたく》、あるとある快楽、凡そ人間世界に為し得べき贅沢と快楽を攅《あつ》めて装飾したるこの地は到底明治時代の想像に及ぶべくもあらず。或る華奢《かしゃ》なる美術狂某がこの地に天然の趣味を欠ぎたるを恨み、吉野、嵐山の桜の花片を汽車二列車に送らしめてこれを御茶の水に浮べ、数艘の画舫《がぼう》、佳人を満載してその間を漕ぎまはらしめたりといふ佳話は一日として小赤壁亭中の話頭に上らざる事あらず。
しかれどもこの地の精華はその実、上層にあ
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