の風
はつきりと行先遠し秋の山
秋の雲瀧をはなれて山の上
秋風や鳥飛び盡す筑波山
明日の露にぬれたり淡路嶋
野分して牛蒡大根のうまさ哉
白露の庵の戸あけて物や思ふ
杉の木のたわみ見て居る野分哉
後家夜更けて烟草吹きつける天の川
名月や竹も光明かくや姫
稻妻のはなれて遠し電氣燈
ビール苦く葡萄酒澁し薔薇の花
初汐や松に浪こす四十島
【御幸寺山】
天狗泣き天狗笑ふや秋の風
名月や伊豫の松山一万戸
【義助墓】
稻妻の崩れたあとや夕嵐
十六夜の闇の底なり莊園寺
蛇落つる高石かけの野分哉
【吉敷川】
天の川よしきの上を流れけり
ていれぎの下葉淺黄に秋の風
名月や何をせむしの物思ひ
稻妻に目ばたきしたる坐頭哉
稻妻や何の梦見る兒の顏
傾城に歌よむはなしけふの月
八反帆野分に落すあをり哉
此頃は蓴菜かたし秋の風
名月はどこでながめん草枕
人力のほろ吹きちぎる野分哉
眞帆片帆瀬戸に重なる月夜哉
名月や人の命の五十年
西行はどこで歌よむけふの月
稻妻や誰が稽古のくさり鎌
名月にうなつきあふや稻の花
名月の道に茶碗のかげ白し
鐵橋や横すぢかひに天の川
針金に松の木起す野分哉
天の川凌雲閣にもたれけり
初汐や御茶の水橋あたりまで
親が鳴き子猿が鳴いて秋の風
子をつれて犬の出あるく月夜哉
稻妻をふるひおとすや鳴子引
名月や雄浪雌波の打ちがひ
いなつまや簔蟲のなく闇の闇
松風をはなれて高し秋の月
名月や谷の底なる話し聲
名月も心盡しの雲間哉
名月や思ふところに捨小舟
名月に白砂玉とも見ゆるかな
玉になる石もあるらんけふの月
名月や大海原は塵もなし
干網の風なまくさし浦の月
夕月や何やら跳る海の面
名月の一夜に肥ゆる鱸哉
名月や芋ぬすませる罪深し
秋 動物
啼に出てよる/\やせる男鹿哉
鶺鴒や三千丈の瀧の水
落鮎にはねる力はなかりけり
月の鹿尾の上/\に鳴きにけり
籠の虫皆啼きたつる小雨哉
虫賣や北野の聲に嵯峨の聲
虫賣りにゆられて虫の啼きにけり
虫賣の月なき方へ歸りけり
馬糞にわりなき秋のこてふ哉
蜩や一日/\をなきへらす
蜩に一すぢ長き夕日かな
蜩の松は月夜となりにけり
蟷螂の斧ほの/\と三日の月
かまきりのゆら/\上る芒哉
秋風や蟷螂肥て蝶細し
蟷螂は叶はぬ戀の狂亂か
蟷螂の切籠にかゝる夕かな
蟷螂や西瓜の甲かゝんとす
稻妻やかまきり何をとらんとす
かまきりの引きゆがめたる庵哉
かまきりは聲にも出さぬ思ひ哉
石塔に誰れが遺恨のかまきりぞ
斧たてゝ鎌切りにげる野分かな
かきよせて又蟷螂の草移り
鎌きりを石にふせるや桐一葉
かまきりのはひ渡る也鍋のつる
太刀魚の水きつて行く姿かな
稻妻や太刀魚はねる浪かしら
太刀魚の出刃庖丁にはてにけり
月にふしつ仰きつ鹿の姿哉
鹿二ツ尻を重ぬる月夜哉
棹鹿のなく/\山を登りけり
宮嶋の神殿はしる小鹿かな
門へ來てひゝと鳴きけり奈良の鹿
雌鹿雄鹿尾の上をわけてなきにけり
町へ來て紅葉ふるふや奈良の鹿
鹿の聲川一筋のあなたかな
みあかしをめぐりてなくや鹿の聲
ほつかりと月夜に黒し鹿の影
鹿一ツひよとり越を下りけり
なき/\て近よる聲や鹿二ツ
その角を蔦にからめてなく鹿か
小男鹿の尻聲きゆるあらし哉
さを鹿の萩のりこゆる嵐かな
爐にくべて紅葉を焚けば鹿の聲
鹿の聲月夜になれは細りけり
猪の男鹿追ひ行く野分哉
鹿笛を覺えて鹿を鳴かせばや
鳴き別れ又鳴きよるや女夫鹿
さをしかの晝なく秋と成にけり
小男鹿の一よさ聲を盡しけり
刈稻にけつまづいてや鹿のこゑ
御殿場に鹿の驚く夜※[#「※」は「さんずい+氣」、第4水準2−79−6、128−15]車哉
山かけり谷かけり鹿の月に啼く
岩角にのつほり立つや月の鹿
曉や霧わけ出る鹿の角
名月や眞向に立ちし鹿の形
月澄て空に聞ゆるをしかゝな
松の根にまたがつてなく小鹿哉
行く秋をすつくと鹿の立ちにけり
旅僧も淋しと申せ鹿のこゑ
谷あひにはさまりて鳴く男鹿哉
神さびて鹿なく奈良の都哉
鹿老て猿の聲にも似たる哉
十六夜や尾上の鹿に月のさす
夕月や山の裏行く鹿の聲
鹿の聲二ツにわれる嵐かな
鹿の聲ある夜はぬれて細長し
さを鹿のにげ/\はねる紅葉哉
鹿の聲隣の山へかゝりけり
岩陰に鹿の落ちあふ野分哉
谷の鹿こなたになけばかなたにも
秋風にふりたて行くや鹿の角
萩に寐て月見あげたる男鹿哉
押しあふて月に遊ぶや鹿ふたつ
吹きまくる萩に男鹿のふしど哉
三日月をすくひあげたり鹿の角
奧殿に鹿のまねする夕かな
耳出して蒲團に鹿を聞く夜哉
烏帽子きた禰宜のよびけり神の鹿
奈良の鹿やせてことさら神※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、130−13]し
關の戸にへだてられてや鹿の聲
物置に鹿のいねたる嵐かな
しとやかに鹿の角ゆく薄哉
里の灯を見かけてなくや闇の鹿
踏み出ては月に鳴く也萩の鹿
月の鹿思ひ/\の足場かな
盜みぐひしてさへ鹿の痩せにけり
背戸へ來て鍋ふみかへす男鹿哉
神殿や鏡に向ふ鹿のふり
松に身をすつて鳴けり雨の鹿
鹿の首ねぢれて細き月夜かな
月の雁蘆ちる中へ下しけり
鮎澁ていよ/\石に似たりけり 乙州の句に 鮎さひて石となりたる川瀬哉
[#「乙州の句に 鮎さひて石となりたる川瀬哉」は「鮎澁ていよ/\石に似たりけり」の下にポイントを下げて2行で]
宮嶋や干汐にたてる月の鹿
雁いくつ一手は月を渡りけり
掛茶屋の灰はつめたしきり/\す
白露の中に乞食の鼾かな
菅笠に螽わけゆく野路哉
壁の笠とれは秋の蚊あらはるゝ
笠について一里は來たり秋の蠅
捨笠をうてばだまるやきり/\す
蜻蛉の中ゆく旅の小笠哉
鱸さげて簔笠の人通りけり
秋の蝶長柄の傘に宿りけり
下し來る雁の中也笠いくつ
旅人の笠追へけり赤蜻蜒
笠を手にいそぐ夕や河鹿鳴ク
【如意に蜻蜒のとまりし画に】
耳なくてにげるやんまの悟り哉
下駄箱の奧になきけりきり/\す
【根岸草庵】
我庵や蠧にまじはる蟋蟀
蜩に思ふことなきこじき哉
ヘソイ
乞食の腹を渡るや雁の聲
[#「ヘソイ」は「腹を」の右側に注記するような形で]
叩く尾のすりきれもせす石敲き
鶺鴒の飛び石づたひ來りけり
飛ぶさまや尾につらさるゝ石叩き
鶺鴒や岩を凹める尾の力
鶺鴒の尾にはねらるゝ蚯蚓哉
鶺鴒の糞して行くや石佛
ひよい/\と鶺鴒ありく岩ほ哉
【大磯松林舘】
汐風にすがれて鳴くやきり/\す
虫の鳴隅/\暗し石灯籠
※[#「※」は「虫へん+車」、第3水準1−91−55、133−14]の蘆にとびつく襖かな
鶺鴒や欄干はしる瀬田の橋
のイ 五條哉イ
[#「のイ」は「や」の左側に、「五條哉イ」は「瀬田の」の左側に注記するような形で]
鵙啼て秋の日和を定めけり
【大磯千疊敷】
雀ほど鶸鳴きたてゝ山淋し
情なう色のさめたり秋の蝶
澁鮎のさりとて紅葉にもならず
【三嶋社】
ぬかつけは鵯なくやどこてやら
【行脚】
我なりを見かけて鵯のなくらしき
鵯の人をよぶやら山淋し
【範頼の墓に笠をさゝげて】
鶺鴒よこの笠叩くことなかれ
神に灯をあげて戻れば鹿の聲
しづ/\と塒出の鷹や下いさみ
むら/\と雁かねたまる小池哉
澁鮎の岩關落す嵐かな
【古戰場】
螳螂も刀豆の實にくみつくか
秋の蝶動物園をたどりけり
軍艦の帆檣高し渡り鳥
蚯蚓鳴けば簔虫もなく夕哉
宮嶋に汐やふむらん月の鹿
山里に魚あり其名紅葉鮒
蜩や金箱荷ふ人の息
砂濱にとまるものなし赤蜻蛉
鵙啼くや一番高い木のさきに
鰯ひく數に加はるわらは哉
押しよせて網の底なる鰯哉
【大磯二句】
鈴虫や土手の向ふは相模灘
鵙啼くや灘をひかえた岡の松
秋 植物
羽衣やちきれてのこる松のつた
かりそめの鑵子のつるや蔦※[#「※」は「木へん+色」、第3水準1−85−64、136−3]
高きびの中にせわしきつるべ哉
一ツ家の家根に蓼咲く山路かな
草むらにはつきりとさく野菊哉
してイ
[#「してイ」は「さく」の左側に注記するような形で]
稻の穗に招く哀れはなかりけり
かたまるを力にさくや女郎花
刈萱の穗にあらはれぬ うらみ かな
思ひ
[#「うらみ思ひ」は、「刈萱の穗にあらはれぬ」と「かな」の間に挟まれるような形でポイントを下げて2行で]
淋しさをこらへて白し男郎花
足柄や花に雲おく女郎花
何もかもかれて墓場の鷄頭花
家もなき土手に木槿の籬かな
山葛にわりなき花の高さかな
桐の雨はせをの風や庵の空
【萩と葛との合畫】
萩ゆられ葛ひるかへる夕かな
【別戀】
葛の葉をふみ返したる別哉
こぼす露こぼさぬ露や萩と葛
葛の葉の花に成たる憎さかな
唐辛子一ツ二ツは青くあれ
すさましくつツ立つさまや蕃椒
秋風に枝も葉もなし曼珠沙花
ひし/\と立つや墓場のまん珠さけ
そのあたり似た草もなし※[#「※」は「「曼」で「又」のかわりに「方」をあてる、137−11]珠沙花
野ぜんちをさゝへて咲くや※[#「※」は「「曼」で「又」のかわりに「方」をあてる、137−12]珠さけ
餘の草にはなれて赤しまんじゆさけ
酒のんだ僧の後生やまんじゆ沙花
團栗や内を覗けど人もなし
竹椽を團栗はしる嵐哉
團栗もかきよせらるゝ落葉哉
椎ひろふあとに團栗哀れ也
どんぐりの落つるや土手の裏表
どんぐりのいくつ落ちてや破れ笠
どん栗や一ツころがる納屋の隅
團栗にうたれて牛の眠り哉
桐の木に雀とまりて一葉かな
桐の木に葉もなき秋の半かな
あぜ豆のつぎめは青し稻莚
高低に螽とぶなり稻むしろ
行く秋や刀豆一ツあらはるゝ
刀豆や親王樣の齒の力
すさましややもめすむ家の蕃椒
雨風にます/\赤し唐辛子
蓼をくふ虫はあるとや唐辛子
唐辛子辛きが上の赤さかな
一すぢに思ひつめてや蕃椒
あき家に一畝赤し唐からし
唐辛子おろかな色はなかりけり
蕃椒横むいたのはなかりけり
行秋やつられてさがる唐辛子
【待戀】
唐辛子かんで待つ夜の恨哉
いつしかにくひ習ひけり蕃椒
はらわたに通りて赤し蕃椒
兼好に歌をよません唐辛子
煙にも更にすゝけず唐からし
唐辛子赤き穗先をそろへけり
盆栽の數に入りけり蕃椒
西瓜さへ表は青し蕃椒
草子にも書きもらしけり蕃椒
蕃椒心ありける浮世かな
蕃椒やゝひんまがつて猶からし
束髮の人にくはせん唐辛子
萩薄月に重なる夕かな
月の中に一本高し女郎花
世の中を赤うばかすや唐辛子
唐辛子日に/\秋の恐ろしき
唐辛子殘る暑さをほのめかす
乞食の薄をつかむ寐覺哉
桐一葉笠にかぶるや石地藏
藤袴笠は何笠桔梗笠
蘇東坡の笠やつくらん竹の春
萩薄小町が笠は破れけり
はり/\と木の實ふる也檜木笠
【古白剃髮】
蓮の實を探つて見れば坊主哉
笠賣の笠ぬらしけり萩の露
笠一ツ動いて行くや木賊刈
笠いくつ蘆の穗つたひ廻りけり
笠塚の笠を根にしてはせを哉
笠賣とならんで出たり薄賣
歌もなし朱印さひしき西瓜哉
送火の灰の上なり桐一葉
【画賛】
からぐろの黒からず茄子の濃紫
鉢植の松にも蔦の紅葉かな
月夜
里芋の娵入したる都かな
[#「月夜」は「都」の右側に注記するような形で]
蕣や鉢に植ゑても同じ事
くりぬいて中へはいらん種ふくべ
蕣の地をはひわたる明家哉
種ふくべ何の力にくびれけん
萩の花思ふ通りにたわみけり
乞食小屋の留守にちりこむ柳哉
乞食のめんつうを干す木槿哉
乞食のぬる野は花と成にけり
水結 さら/\と水こす荻の下葉哉 千那ノ句 秋風や荻のりこえて水の音[#「水結」は上部に出ている]
[#「千那ノ句 秋風や荻のりこえて水の音」は「さら/\と水こす荻の下葉哉」の下にポイントを下げて2行で]
〃 濱荻や水氣はなれし畑の中[#「〃」は上部に出ている]
〃 水門に荻をすひこむ流れ哉[#「〃」は上部に出ている]
【大磯へ行く途上】
堀割になれてうつむく薄哉
堀割に風のうつむく薄哉
[#「堀割になれて」と「堀割に風の」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]
むさし野は稻よりのぼる朝日哉
夕日さす山段※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、142−15]の晩稻哉
何のかのうき名をすてゝ野菊哉
百姓の秋はうつくし葉鷄
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