迎火をもやひにたくや三軒家
うつくしき燈籠の猶哀れ也
薄絹に燈籠の火の朧かな
頓入や納屋をあくれば唐辛子
文月や神祗釋教戀無常

【七夕の日布引の瀧を見て】
布引も願ひの糸の數にせむ
ぬか星や七夕の子の數しれず
よもすがら烏もさわげ星祭
梶の葉を戀のはじめや兄妹
旅人の扇置なり石の上
笹につけて扇やかさん女七夕
杉の木のによつきと高し秋の暮
日がくれて踊りに出たり生身玉
木曾さへも人は死ぬとや高燈籠
七夕の橋やくづれてなく鴉
世の中につれぬ案山子の弓矢哉
生身玉其又親も達者なり
水底の亡者やさわぐ施餓鬼舟
うつくしきものなげこむやせがき舟
施餓鬼舟向ふの岸はなかりけり
萩薄一ツになりて花火散る
花火ちる四階五階のともし哉
秋寒し蝙蝠傘は杖につく
過去帳をよみ申さんか魂迎
猿一ツ笠きて行くや秋の暮
傘持は秋ともしらす揚屋入
菅笠の紐引きしめる夜寒哉
棕櫚の葉の手をひろけたりけさの秋
送火の煙見上る子どもかな

【画賛〔二句〕】
秋さびて太雅の木にも似たる哉
秋のくれ畫にかいてさへ人もなし
松二木並んで秋の老にけり
乞食の錢よむ音の夜寒哉
乞食の親もありけり玉祭
八朔やこじきも江戸の生れにて
乞食の燒食匂ふ殘暑かな
秋のくれ見ゆる※[#「※」は「しんにょう+占」、第4水準2−89−83、101−14]見るふしの山
繩簾蛇にもならず秋くれぬ
信州の下女が手打の茶そば哉
合宿の齒ぎしりひゞく夜寒哉
ふみつけた蟹の死骸やけさの秋
親もなき子もなき家の玉まつり
朝寒やちゞみあがりし衣の皺
ひらりしやらり一ツ葉ゆれてうそ寒し

【輕井澤旅亭】
鼻たれの兄とよばるゝ夜寒哉

【文科大學遠足會】
秋しらぬ旅や同行五十人
雨の夜はおくれ給はん魂迎
魂送り背戸より歸り給ひけり
一人旅一人つく/\夜寒哉
蚤蝨へつて浪人のうそ寒し
缺徳利字山田の案山子哉
送火の何とはなしに灰たまる
行秋や松茸の笠そりかへる
茸狩や心細くも山のおく
人の目の秋にうつるや嵐山
灯ともせば灯に力なし秋の暮
見た顏の三つ四つはあり魂祭
砧よりふしむつかしき鳴子哉
あら駒の足落ちついて秋の立つ
燈籠の朧に松の月夜かな
燈籠の竹にうつろふすごさ哉
行く秋や松にすがりし蔦紅葉
行く秋やまばらに見ゆる竹の藪
試みに案山子の口に笛入れん
嚊殿に盃さすや菊の酒
月細り細り盡して秋くれぬ
宿の菊天長節をしらせばや
攝待や乞食だきつく石手寺

【道後】
傾城の燈籠のぞくや寶嚴寺
梟や花火のあとの薄曇り
沙魚釣りの大加賀歸る月夜哉

【蛇たまり】
秋立つや芒穗に出る蛇たまり

【松山鴨川】
菊形の燒餅くふて節句哉
行く秋や壁の穴見る藪にらみ
烏來て鳥居つゝくや秋のくれ
遊女一人ふえぬ日はなし京の秋
此頃は旅らしうなる砧かな
此頃はどうやら悲し秋のくれ
袖なくてうき洋服の踊り哉
何としたわれの命そ秋の暮
辨慶の道具しらべる夜長哉
君が代は案山子に殘る弓矢哉
行く秋を奇麗にそめし紅葉哉
行く秋の闇にもならず星月夜
傾城に電話をかけん秋のくれ
魂棚や何はあれとも白|團《ダン》子
烏帽子着て送火たくや白拍子
白菊の花でこさばや濁り酒
海原をちゞめよせたり鰯曳
一つづゝ波音ふくる夜寒哉
こちで引けばあちても引くや鳴子繩
八重葎そよぐと見しやけさの秋
かるく打つ砧の中のわらひ哉
行く秋の輕うなりたる木實哉
大文字をのぞいて出たり山の月
やぶ入の一日にしぼむ芙蓉哉
やぶ入や皆見覺えの木槿垣
案山子にも目鼻ありける浮世哉
乞食の葬禮見たり秋の暮
傘持のひんと立たりけさの秋
菅笠のくさりて落ちしかゞし哉
笠とれたあとはものうき案山子哉

秋 天文 地理

やせ馬の尾花恐るゝ野分哉
鯉はねたにごり沈むや秋の水
名月や彷彿としてつくは山
我宿の名月芋の露にあり
稻妻に目たゝきしたる坐頭哉
一ツ家のともしめくりて秋の風
   すれてとび
初汐につれていでけり鶴一羽
[#「すれてとび」は「つれていで」の右側に注記するような形で]
初汐の空にたゞよふきほい哉
     ひろがる
[#「ひろがる」は「たゞよふ」の左側に注記するような形で]
誰やらがかなしといひし月夜哉
琉球も蝦夷もはれたりけふの月
名月や田毎に月の五六十
稻妻や誰れが頭に碎け行く
稻つまや一筋白き棉ばたけ
初秋を京にて見たり三日の月
天の川淺瀬と見ゆる處もあり
伊豆までは落ちず消えけり天の河
富士川の石あらはなり初嵐
さりげなき野分の跡やふしの山
名月やどの松見ても松見ても
富士沼や小舟かちあふ初あらし
大空の眞ツたゞ中やけふの月
蜑か家や月に戸をさす清見潟
花娵の臼をころがす月夜哉
※[#「※」は「さんずい+氣」、第4水準2−79−6、108−4]車道に堀り殘されて花野哉
一ひらの雲の行へや秋の山
撫し子のまた細りけり秋の風
粟の穗の折れも盡さす初嵐
秋風に目をさましけり合歡の花
いつしかに桑の葉黒し 秋の風初しくれ
[#「秋の風初しくれ」は「いつしかに桑の葉黒し」の下にポイントを下げて2行で]
朝霧の富士を尊とく見する哉
秋風や崩れたつたる雲のみね

【農科大學の別科へ入門して林學を修むる虚空子へ遣はす】
松苗に行末ちぎる月見哉

【破蕉先生のもとに伺候して席上】
宵月やふすまにならぶ影法師

【二夜つゞきて破蕉先生のもとをおとづれて俳話猶つきず】
よひ/\に月みちたらぬ思ひ哉
椽端や月に向いたる客あるじ
晴れ過ぎて月に哀はなかりけり
          ありイ
秋風や都にすんでなく夜哉
[#「ありイ」は「夜哉」の右側に注記するような形で]
新田や雨はなけれと芋の露
芋の露硯の海に湛へけり
一しきり露はら/\の夕哉
吹きかへす萩の雨戸や露はら/\
稻妻の壁つき通す光りかな
稻妻は雫の落る其間かな

【長命寺】
皀莢《サイカチ》の風にからめく月夜哉
           すゞみイ
いろ/\の灯ともす舟の月見哉
[#「すゞみイ」は「月見哉」の右側に注記するような形で]
萩薄思ひ/\の野分哉
原へ出て目もあけられぬ野分哉
あれ馬のたて髮長き野分哉
吹きとつて雨さへふらぬ野分哉
から笠につられてありく野分哉
捨舟はかたよる海の野わき哉
からぐろの葉うつりするや露の玉
露の玉小牛の角をはしりけり
ほろ/\と露の玉ちる夕哉
つぶ/\と丸む力や露の玉
稻妻の消て不知火かすか也
芋の露われて半分は落にけり
白露の上に濁るや天の河
星一ツ飛んで音あり露の原
夕月に露ふりかける尾花哉
草の露こぼれてへりもせざりけり
芋の葉に月のころがる夜露哉
火葬場の灰におきけり夜の露
名月や露こしらへる芋の上
露いくつ絲瓜の尻に出あひけり
萩の露疊の上にこぼしけり
夜の露もえて音あり大文字
花火やむあとは露けき夜也けり
よもすがら露ちる土の凹みけり
            かな
[#「かな」は「けり」の左側に注記するような形で]
白露を見事にこぼす旭哉
稻妻に露のちる間もなかりけり
白露や蕣は世に長きもの
灯のちらり/\通るや露の中
白露のうつくし過ぎて散にけり
仲國がすそごの袴露重し
白露やよごれて古き角やぐら
闇の空露すみのぼる光り哉
風吹て京も露けき夜也けり
白露の中にうつくし乞食小屋
露夜毎殺生石をあらひけり
佛像の眼やいれん露の玉
宵闇や露に引きずる狐の尾
色※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、112−9]もなくて夜露の白さ哉
夕露に灰のつめたき野茶屋哉
 一作 掛茶屋の灰はつめたしきり/\す

時頼が露の袈裟ほす焚火哉
魂棚の飯に露おくゆふべ哉
すてられた扇も露の宿り哉
白露の中に泣きけり祗王祗女
猪や一ふりふるふ朝の露
月のさす帆裏に露の通りけり
大佛やかたつら※[#「※」は「「韓」のへん+「礼」のつくり」、113−3]く朝の露
ふじは雲露にあけ行く裾野哉
白露の中に重る小鹿哉
目にさわるものなし月の隅田河
名月やうしろむいたる石佛 我黒ノ句ニ 名月に後むいたるかゝし哉
[#「我黒ノ句ニ 名月に後むいたるかゝし哉」は「名月やうしろむいたる石佛」の下にポイントを下げて2行で]
白露の中に乞食の鼾かな
十六夜の闇をこじきの焚火哉
かさの露動けは月のこぼれけり
秋風やらんふの笠も破れたり
陣笠に鶴の紋ありけふの月
笠いきて地上をはしる野分哉
秋風や京の大路の朱傘
つる/\と笠をすへるや露の玉
朝霧や女と見えてたびの笠

【送錬卿赴兵庫〔二句〕】
聞きにゆけ須磨の隣の秋の風
秋の雲いよ/\高く登りけり
露に泣き給ふ姿や市女笠
虚無僧の深あみ笠や盆の月
秋の雨兩天傘をなぶりけり
傘の端に三日月かゝる晴間哉
番傘のほつきと折れし野分哉
月蝕や笠きて出たる白拍子
傘の端のほのかに白し雨の月
光起が百鬼夜行く野分哉
松を隅に一天晴れたりけふの月

【画賛】
蛇の舌まだ赤し秋の風
塔一ツ霧より上に晴れにけり
はせを泣き蘇鐵は怒る野分哉

【李白画賛】
養老の月を李白にのませはや

【画賛】
骸骨の浮み出るや水の月
秋の雲太平洋を走りけり
ある月夜路通惟然に語るらく
乞食に妻も子もありけふの月
稻妻や乞食に明日の糧もなし
稻妻に寐返りしたる乞食哉
缺椀を叩く乞食の月見哉
獨り行膝行車や初嵐
名月や生れ落ちての薦被り

【留別】
月見んとふじに近よる一日つゝ

【留別】
名月を山でやほめん野でや見ん

【復五洲生文書後】
筆の穗のさゝけ出したり秋の風

【大磯松林舘〔四句〕】
犬つれて松原ありく月見哉
大磯の町出はなれし月見哉
名月や何やらうたふ海士か家
名月や誰やらありく浪の際
明月のうしろに高し箱根山
明月や山かけのぼる白うさぎ
明月の中に何やら踊りけり
塩汲の道※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、116−15]月をこぼしけり

【盃画賛】
洗ひなは箔やはげなん秋の水

【大イソ松林舘〔四句〕】
名月やどちらを見ても松許り
待宵や夕餉の膳に松の月
月出んとして鳴りたつる海の音
待宵や出しぬかれたる月のてり

【大磯〔十三句〕】
明月を邪魔せぬ松のくねり哉
足元をすくふて行くや月の汐
明月や雄浪雌浪の打ち合せ
後しざりしながら戻る月見哉
名月や小牛のやうな沖の岩
待宵の晴れ過ぎて扨あした哉
名月や汐に追はるゝ磯傳ひ
明月やとびはなれたる星一ツ
明月の思ひきつたる光かな
明月や背中合せの松のあひ
沙濱に足くたびれる月見哉
寢ころんで椽に首出す月見哉
沙濱に打廣げけり月の汐
北※[#「※」は「あなかんむり+「聰」のつくり」、第3水準1−89−54、118−7]へさゝぬばかりそけふの月
恐ろしき灘から出たりけふの月
花の都扨又月の田舍哉

【大磯蚊多し】
名月のこよひに死ぬる秋の蚊か
名月の空に江嶋の琵琶聞ん
名月やすた/\ありく芋畑

【大磯】
鎌倉に波のよる見ゆけふの月
網引の網引きながら月見哉
名月や松を離れて風の聲
名月や闇をはひ出る虫の聲

【十五夜雲多し〔三句〕】
色※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、119−5]の形となるや雲の月
尻を出し頭を出すや雲の月
名月やもう一いきで雲の外
雲に月わざ/\はいるにくさ哉
名月やそりやこそ雲の大かたまり
新暦の十月五日月見哉
大磯へまで來てこよひ月もなし
名月や小磯は砂のよい處
沙濱に人のあとふむ月見哉
くらからばたゞ暗からで雲の月
名月に馬子と漁師の出合哉
いさり火や月を離れし沖の隅
松一ツ/\影もつ月夜哉
待宵に月見る處定めけり
名月や鶴ののつたる捨小船
名月や雌松雄松の間より

【大磯】
江の嶋は龜になれ/\けふの月

【夜半月晴】
明月やすつでのことで寐る處
明月や面白さうな波の音
孕句に雲のかゝりし月見哉
名月や松にわるいといふはなし
名月や鰯もうかぶ海の上
十六夜は待宵程に晴にけり

【大磯にて終日垂釣の人を見て】
秋風の一日何を釣る人そ
十六夜の山はかはるや月の道
厮から居待の月をながめけり
旅僧のもたれてあるく野分哉

【友に留守を訪はれて】
蜘の巣に蜘は留守也秋の風
樵夫二人だまつて霧を現はるゝ
秋の海名もなき嶋のあらはるゝ

【首途〔二句〕】
旅の旅又その旅の秋
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