寒山落木 卷一
正岡子規
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)木曾の谷間《ハザマ》の子規
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)白|團《ダン》子
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、底本のページと行数)
(例)何※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、6−12]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)それ/\に
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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寒山落木
明治十八年ヨリ同二十五年マデ
一
第一期
明治十八年 夏郷里松山ニ歸ル○嚴嶋ニ遊ビ祭禮ヲ觀ル○九月上京
仝 十九年 夏久松定靖公ニ扈從シテ日光伊香保ニ行ク○九月歸京
仝 廿年 春腸胃ヲ病ム上野ヲ散歩ス○夏歸省○九月上京
仝 廿一年 夏牛嶋月香樓ニ居ル○九月歸京常盤會寄宿舍ニ入ル
仝 廿二年 四月水戸ニ遊ブ徃復一週間○五月咯血 七月歸省九月上京不忍池畔ニ居ル後再ビ常盤會寄宿舍ニ入ル 十二月歸郷
仝 廿三年 一月上京七月歸郷 九月三井寺觀音堂前考槃亭ニ居ルコト七日直チニ上京
仝 廿四年 春房總行脚十日○六月木曾ヲ經テ歸郷 九月上京途中岡山寒懸ニ遊ブ○秋大宮ニ居ルコト十日 冬駒籠ニ居ヲ遷ス○川越地方ニ遊ブコト三日
明治廿五年 一月燈火十二ケ月ヲ作ル其後何※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、6−12]十二ケ月ト稱スル者ヲ作ルコト絶エズ 春根岸ニ遷ル 夏歸省ス 九月上京 十一月家族迎ヘノタメ神戸ニ行ク京都ヲ見物シテ上京○此年夏ヨリ日本紙上ニ投稿十二月ヨリ入社
[#改頁]
明治十八年
梅のさく門は茶屋なりよきやすみ
夕立やはちすを笠にかぶり行く
ねころんて書よむ人や春の草
小娘の團扇つかふや青すだれ
木をつみて夜の明やすき小窓かな
朝霧の中に九段のともし哉
初雪やかくれおほせぬ馬の糞
[#改頁]
明治十九年
一重づゝ一重つゝ散れ八重櫻
[#改頁]
明治二十年
ちる花にもつるゝ鳥の翼かな
春雨や柳の絲もまじるらん
散る花のうしろに動く風見哉
鶯や木魚にまじる寛永寺
胡蝶飛ぶ簾のうちの人もなし
【谷中にある清水うしの墓にもうでゝ】
一枝やたましひかへす梅の花
【同 學生よりあひて人の目的を投票にて定めける時】
それ/\に名のつく菊の芽生哉
【同 觀音堂】
むら鳥のさわぐ處や初櫻
散る梅は祗王櫻はほとけ哉
【上野】
花の雲かゝりにけりな人の山
【清水氏一周忌】
落花樹にかへれど人の行へ哉
ぬれ足で雀のあるく廊下かな
名月の出るやゆらめく花薄
けさりんと体のしまりや秋の立つ
茶の花や利休の像を床の上
甘干の枝村かけてつゞきけり
甘干にしたし浮世の人心
初汐やつなぐ處に迷ふ舟
夕立や一かたまりの雲の下
宵闇や薄に月のいづる音
親鳥のぬくめ心地や玉子酒
白梅にうすもの着せん煤拂
何もかもすみて巨燵に年暮るゝ
[#改頁]
明治二十一年
花に行く足に二日の灸かな
山燒くや胡蝶の羽のくすぶるか
見ればたゞ水の色なる小鮎哉
梅雨晴やところ/\に蟻の道
すつと出て莟見ゆるや杜若
萎みたる花に花さく杜若
底見えて小魚も住まぬ清水哉
木の枝に頭陀かけてそこに晝寐哉
蚊柱や蚊遣の烟のよけ具合
夕立の來て蚊柱を崩しけり
振袖をしぼりて洗ふ硯哉
女にも生れて見たき踊哉
萩ちるや檐に掛けたる青燈籠
西日さす地藏の笠に蜻蛉哉
鹿聞て出あるく人も歸りけり
一ひらの花にあつまる目高哉
海原や何の苦もなく上る月
くらがりの天地にひゞく花火哉
青/\と障子にうつるはせを哉
秋の蚊や疊にそふて低く飛ぶ
哀れにも來て秋の蚊の殺さるゝ
狼の聲も聞こゆる夜寒かな
不二こえたくたびれ※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、13−11]や隅田の雁
夕榮や雁一つらの西の空
片端は山にかゝるや天の川
【いとけなき頃よりはぐゝまれし嫗のみまかり給ひしと聞くに力を失ひて】
添竹も折れて地に伏す瓜の花
聲立てぬ別れやあはれ暖鳥
一夜妻ならであはれや暖鳥
雪よりも時雨にもろし冬牡丹
白露のおきあまりてはこぼれけり
【根津のあとにて】
明家やところ/\に猫の戀
[#改頁]
寒山枯木 明治己丑廿二年
高砂の松の二タ子が門の松
我庭に一本さきしすみれ哉
山の花下より見れば花の山
鳥なくや獨りたゝすむ花の奧
つくねんと大佛たつや五月雨
五月雨の晴間や屋根を直す音
つきあたる※[#「※」は「しんにょう+占」、第4水準2−89−83、15−8]一いきに燕哉
【村園門巷多相似】
燕や間違へさうな家の向き
白砂のきら/\とする熱さ哉
蓮の葉にうまくのつたる蛙哉
屋根葺の草履であがる熱哉
燕の飛ぶや町家の藏がまへ
七夕に團扇をかさん殘暑哉
秋風はまだこえかねつ雲の峰
一日の旅おもしろや萩の原
白露や原一ぱいの星月夜
茸狩や友呼ぶこゑも秋の風
おのが荷に追はれて淋し芒賣
【琴平】
木の緑したゝる奧の宮居哉
水鳥や蘆うら枯れて夕日影
澁※[#「※」は「木へん+「弟」から一、二、三画目を取ったもの」、第3水準1−85−57、16−11]や行來のしげき道の端
※[#「※」は「木へん+「弟」から一、二、三画目を取ったもの」、第3水準1−85−57、16−12]の實やうれしさうにもなく烏
澁※[#「※」は「木へん+「弟」から一、二、三画目を取ったもの」、第3水準1−85−57、16−13]のとり殘されてあはれ也
【内藤先生等と言志會を結びし時】
澁※[#「※」は「木へん+「弟」から一、二、三画目を取ったもの」、第3水準1−85−57、16−15]もまじりてともに盆の中
【鬼女腕を奪ひ去る圖に】
凩に舞ひあがりたる落葉哉
雪の跡さては酒屋か豆腐屋か
【傾城戀飛脚〔三句〕
芒尾花はなけれとも世を忍ふ身の】
招く手はなけれど淋し枯薄
【こゝらあたりに見なれぬ女中】
いぶかしや賤が伏家の冬牡丹
【ものいはず顏見ずと手さきへなとさはつたら】
闇の夜は鼻で探るや梅の花
【袋井】
冬枯の中に家居や村一つ
【垂井】
雪のある山も見えけり上り阪
【京都】
祗園清水冬枯もなし東山
[#改頁]
明治二十三年(紀元二千五百五十年)
元日や一輪開く福壽艸
盆栽に梅の花あり冬こもり
白雪をつんで小舟の流れけり
胡蝶飛び風吹き胡蝶又來る
蝶ふたつ風にもつれて水の上
蝶飛ぶや山は霞に遠くなる
櫻から人にうつるや山の風
若草や草履の裏に塵もなし
垣ごしに丁子の花の匂ひかな
一枝の花おもさうや酒の醉
傘に落つる櫻の雫かな
朧とは櫻の中の柳かな
人黒し朧月夜の花あかり
月落ちて鴉鳴く也花明り
牛飼も牛も眠るや桃の花 ノ句 繋がれて牛も眠るやもゝの花
[#「ノ句 繋がれて牛も眠るやもゝの花」は「牛飼も牛も眠るや桃の花」の下にポイントを下げて2行で]
あたゝかな雨がふるなり枯葎
春の月一重の雲にかくれけり
夕月や簾に動く花の影
家根舟の提灯多し朧月
【向嶋】
土手三里花をはなれぬ月夜哉
菜の花やはつとあかるき町はつれ
家の上に雲雀鳴きけり町はづれ
半日は空にあそぶや舞雲雀
みなし子のひとりで遊ぶ雛哉
駒の尾に春の風吹く牧場哉
落したか落ちたか路の椿かな
海棠や檐に鸚鵡の宙がへり
一輪の牡丹咲きたる小庭哉
桃さくや三寸程の上り鮎
【梅見の記の後に題す】
鶯やとなりつたひに梅の花
紫の水も蜘手に杜若
瓜小屋にひとり肌ぬぐ月夜哉
稻妻にひらりと桐の一葉哉
散りやすきものから吹くや秋の風
稻妻にうち消されけり三日の月
朝顏にわれ恙なきあした哉
ほの/″\に朝顏見るや※[#「※」は「巾へん+「厨」の「がんだれ」のかわりに「まだれ」をあてたもの」、21−12]一重
朝顏や我筆先に花も咲け
夕暮に朝顏の葉のならびけり
朝顏や氣儘に咲いておもしろき
朝顏や夢裡の美人は消えて行く
その鐘をわれに撞かせよ秋の暮
遊ぶ子のひとり歸るや秋のくれ
魂祭ふわ/\と來る秋の蝶
水流れ芒招くやされかうべ
月落ちて灯のあるかたや小夜砧
名月や角田川原に吾一人
名月や美人の顏の片あかり
名月やともし火白く犬黒し
湖やともし火消えて月一ツ
明月は瀬田から膳所へ流れけり
【三井寺】
我宿にはいりさう也昇る月
凩や迷ひ子探す鉦の音
[#改頁]
明治廿四年辛卯年(紀元二千五百五十一年)
〔廿四年 春〕
うそ/\と蝨はひけり菴の春
元朝や虚空暗く只不二許り
のら者もあつてめでたし御代の春
猫の顏もみがきあげたり玉の春
初空や烏は黒く富士白し
紅梅は娘たのんで折らせけり
紅梅や翠簾のすき影衣の音
紅梅や垣をへだてゝ娘同士
梅さくや藁屋四五軒犬の聲
紅梅はまばら也けり窓の影
水鳥のつゝき出したる根芹哉
制札にちりかゝりけり山櫻
【植半】
八重櫻咲きけり芋に蜆汁
蓮花草我も一度は小供なり
草籠をおいて人なし春の山
兩側の竹藪長し赤椿
馬の背に手を出して見る椿哉
一むねは花にうもるや赤椿
女にも生れて見たし花菫
【行脚の笠に題す】
道づれは胡蝶をたのむ旅路哉
【回文】
松の戸や春を薫るは宿の妻
白魚や氷の中に生れけむ
神代より誰か教へて猫の戀
哥よまばやさしかるべきに猫の戀
戀猫はあらきこゑさへあはれなり
内でなけば外でもなくやうかれ猫
【古白よりある人の聟養子に行きたることをいひおこせし返しに】
【小糠三合あれはとは昔語りに殘りたれとこれは又打て變つて聟殿の權柄】
淺ましやもらふた日より猫の戀
あとさきもしらぬ心や花に鳥
二三日はちりさかりけり山さくら
花ちるや寂然として石佛
あくびした口に花ちる日永哉
ならんたる鳥居の赤し山櫻
【品川】
上總までかちわたりせん汐干潟
【市川】
落ち行けば隣のくにや揚雲雀
うつ杖のはづれて嬉しとぶ胡蝶
鶯の聲の細さよ岨五丈
うくひすや落花紛※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、26−7]たり手水鉢
わらじの緒結ぶや笠にとぶ胡蝶
馬ほく/\吹くともなしの春の風
陽炎や南無とかいたる笠の上
菜の花の中に道あり一軒家
鶯や山をいづれば誕生寺
七浦や安房を動かす波の音
七情の外の姿や涅槃像
[#改頁]
廿四年 夏
【田舍】
屋のむねのあやめゆるくや石の臼
水汲んだあとの濁りや杜若
花ひとつ折れて流るゝ菖蒲かな
杜若畫をうつしたる溝のさび
やさしくもあやめ咲きけり木曾の山
一日の旅路しるきや蝸牛
【蝸牛 結字 水】
雨水のしのぶつたふやかたつぶり
やすんたる日より大工の衣かへ
うたゝねの本落しけり時鳥
郭公のきの雫のほつり/\
目にちらり木曾の谷間《ハザマ》の子規
ほとゝきす木曾はこの頃山つゝじ
【輕井澤】
山※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、28−3]は萌黄淺黄やほとゝきす
折りもをり岐岨の旅路を五月雨
【祈晴】
はれよ/\五月もすぎて何の雨
こと/″\く團扇破れし熱さ哉
【都の人を伴ふて郊外に行く】
春 君が代の苗代見せう都人[#「春」は上部に出ている]
ふきかへす簾の下やはすの花
【ある人のみまかりしをいたみて】
此上にすわり給へとはすの花
のびたらで花にみじかきあふひ哉
屏の上へさきのほりけり花葵
手水鉢横にころけて苔の花
【少年の寫眞に題す】
竹の子のきほひや日※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、29−2]に二三寸
【蟠松子の村莊をいづる時】
門さきにうつむきあふや百合の花
眞帆片帆どこまで行くぞ青嵐
紫陽花や壁のくづれをしぶく雨
何代の燈籠の苔か雪の下
【信州山中】
鶯や野を見下せは早苗とり
鰻まつ間をいく崩れ雲の峯
藻の花や鶺鴒の尾のすれ/\に
岩※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、29−12]のわれめ/\や山つゝじ
【舟下岐蘇川】
下り舟岩に松ありつゝじあり
【蝉 文字結 頭】
腦病の頭にひゞくせみの聲
せみのなく木かげや馬頭觀世音
涼しさや行燈消えて水の音
涼しさや葉から葉へ散る蓮の露
夕立や松とりまいて五六人
思ひよらぬ木末の聲やくらべ馬
夕顏の露に裸の男かな
雨乞の中の一
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