人やわたし守
【梦中清水といふ題を得て】
夕立の過ぎて跡なき清水哉
ラムネの栓天井をついて時鳥
[#改頁]
明治廿四年 秋
時候 人事 天文 地理
ふつくりと七面鳥のたつや秋
鷄のゆかへ上りぬ秋のくれ
床の間の達磨にらむや秋のくれ
【達磨圖】
何と見たぬしの心ぞあきのくれ
草も木も竹も動くやけさの秋
【あるおそろしき女を】
稻妻のかほをはしるや※[#「※」は「火へん+禾」、第4水準2−82−81、31−10]のくれ
案山子ものいはゞ猶さびしいそ秋の暮
をかしうに出來てかゞしの哀也
汝かゞしそもさんか秋の第一義
送火や朦朧として佛だち
送火や灰空に舞ふ秋の風
秋もはや七日の月のたのもしき
さる程に秋とはなりぬ風の音
高黍や百姓涼む門の月
並松はまばら/\や三日の月
【三津いけすにて】
初汐や帆柱ならぶ垣の外
蒔繪なんぞ小窓の月に雁薄
【畑中村老松】
順禮の夢をひやすや松の露
【川の内近藤氏に宿りて】
山もとのともし火動く夜寒哉
君が代や調子のそろふ落水
婆※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、32−14]いはく梟なけば秋の雨
名月や松に音ある一軒家
【留別】
これ見たか秋に追はるゝうしろ影
【音頭瀬戸】
秋風や伊豫へ流るゝ汐の音
【嚴嶋】
ゆら/\と廻廊浮くや秋の汐
【松山城】
松山や秋より高き天主閣
【小豆嶋寒懸】
頭上の岩をめぐるや秋の雲
【當年二十五歳】
痩せたりや二十五年の秋の風
【待戀】
待つ夜半や月は障子の三段目
【十五夜百花園をおとづれしに戸を閉ぢたれば】
名月や叩かば散らん萩の門
【龜戸天神】
秋風やはりこの龜のぶらん/\
秋に形あらば糸瓜に似たるべし
行燈のとゞかぬ松や三日の月
觀念の耳の底なり秋の聲
夕月のやゝふくれけり七八日
薄より萱より細し二日月
旅寐九年故郷の月ぞあり難き
【大宮驛の醫師がり行きて】
大宮に秋さびけらし醫者の顏
秋の風捨子の聲に似たる哉
日は西におしこまれけりけふの月
山の秋の雲徃來す不動尊
原中や野菊に暮れて天の川
順禮は花のうてなと歌ひけり秋の暮
児二人並んで寐たる夜寒哉
二軒家は二軒とも打つ砧哉
月の秋菊の秋それらも過ぎて暮の秋
神さびて秋さびて上野さびにけり
一つ家に泣聲まじる砧哉
狼の人くひに出る夜寒哉
【岡山後樂園 三句】
鶴一つ立つたる秋の姿哉
はつきりと垣根に近し秋の山
秋さびた石なら木なら二百年
【豐橋客舍】
次の間に唄ひ女の泣く夜長哉
【歸京】
都には何事もなし秋の風
【犬骨を得たり】
風を秋と聞く時ありて犬の骨
【常盤會寄宿舍二號室にて】
火ちら/\足もとはしる秋の風
【川越客舍】
砧うつ隣に寒きたひね哉
猿曳は妻も子もなし秋のくれ
猿ひきを猿のなぶるや秋のくれ
秋のくれ壁見るのでもなかりけり
【贈高濱虚子】
三日月はたゞ明月のつぼみ哉
稻妻に行きあたりたる闇夜哉
どこで引くとしらで廣がる鳴子哉
廿四年 秋 動物
秋の蚊や親にもらふた血をわけん
横窓は嵯峨の月夜や蟲の聲
浮樽や小嶋ものせて鰯引
辻君のたもとに秋の螢かな
小男鹿の通ひ路狹し萩の風
落鮎や小石/\に行きあたり
秋のくれ鱸を釣れば面白し
あぜ道や稻をおこせば螽飛ぶ
秋の蚊を追へどたわいもなかりけり
日にさらす人の背中や秋の蠅
鈴蟲や露をのむこと日に五升
忘れたる笠の上なり石たゝき
蜩や椎の實ひろふ日は長き
蜻蛉やりゝととまつてついと行
わびしげに臑をねぶるや秋の蠅
追ひつめた鶺鴒見えず溪の景
廿四年 秋 植物
これ程の秋を薄のおさえけり
三日月の重みをしなふすゝきかな
石上の梦をたゝくや桐一葉
見てをればつひに落ちけり桐一葉
【山姥の圖】
奧山や秋はと問へばすゝきかな
朝※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、38−10]のひるまでさいて秋の行
折れもせで凋む木槿の哀れなり
繩
馬つなぐ綱にこかるゝ木槿かな
[#「繩」は「綱」の右側に注記するような形で]
そよ/\とすゝき動くや晴るゝ霧
蜑か家のかこひもなしに蘆の花
【菊慈童圖】
九日も知らぬ野菊のさかり哉
城あとや石すえわれて蓼の花
はちわれて實をこぼしたる柘榴哉
氣車路や百里餘りを稻の花
奧山やうねりならはぬ萩のはな
萩薄秋を行脚のいのちにて
さいてや赤しイ
葉も花になつてしまうか※[#「※」は「「曼」で「又」のかわりに「方」をあてる」、39−8]珠沙花
[#「さいてや赤しイ」は「なつてしまうか」の右側に注記するような形で]
一、二を生し二、三を生す我亦香
【大宮氷川公園】
ふみこんで歸る道なし萩の原
葛花や何を尋ねてはひまわる
行く秋のふらさかりけり烏瓜
石女の鬼燈ちぎる哀れ也(嵐雪の句に 石女の雛かしつくそ哀也)
[#「(嵐雪の句に 石女の雛かしつくそ哀也)」は「石女の鬼燈ちぎる哀れ也」の下にポイントを下げて2行で、カッコはその2行を括る形で]
【氷川公園万松樓】
ぬれて戻る犬の背にもこぼれ萩
一句なかるべからずさりとてはこの萩の原
何の思ひ内にあればや蕃椒
まいた餌に※[#「※」は「奚+隹」、第3水準1−93−66、40−3]もどる菊畠
武藏野に月あり芒八百里
夕日さす紅葉の中に小村哉
痩村と思ひの外の紅葉哉
【十月廿四日平塚より子安に至る道に日暮て】
稻の香や闇に一すぢ野の小道
【翌廿五日大山に上りて】
野菊折る手元に低し伊豆の嶋
一枝は荷にさしはさむ菊の花
隣からそれて落ちけり桐一葉
落葉かく子に茸の名を尋けり
順禮の木にかけて行く落穗哉
[#改頁]
明治廿四年 冬
鐘つきはさびしがらせたあとさびし
【人之性善】
濁り井の氷に泥はなかりけり
木枯や木はみな落ちて壁の骨
小烏の鳶なぶりゐる小春哉
【(はせを忌)】
頭巾きて老とよばれん初しくれ
三日月を相手にあるく枯野哉
秋ちらほら野菊にのこる枯野哉
冬かれや田舍娘のうつくしき
夕日負ふ六部背高き枯野哉
埋火や隣の咄聞てゐる
雲助の睾丸黒き榾火哉
小春日や淺間の煙ゆれ上る
木枯やあら緒くひこむ菅の笠
順禮の笠を霰のはしりかな
【松山百穴】
神の代はかくやありけん冬籠
笹の葉のみだれ具合や雪模樣
しばらくは笹も動かず雪模樣
[#「笹の葉の」と「しばらくは」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]
冬 動物
水鳥の四五羽は出たり枯尾花
枯あしの折れこむ舟や石たゝき
鴨ねるや舟に折れこむ枯尾花
[#「枯あしの」と「鴨ねるや」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]
千鳥なく灘は百里の吹雪哉
水鳥のすこしひろがる日なみ哉
枯あしの雪をこほすやをしのはね
鷹狩や陣笠白き人五人
耳つくや下より上へさす夕日
賈島痩せ孟郊寒し雪の梅
枯あしや名もなき川の面白き
馬の尾に折られ/\て枯尾花
【田舍】
わらんべの酒買ひに行く落葉哉
順禮一人風の落葉に追はれけり
笘の霜夜の間にちりし紅葉哉
[#改頁]
明治廿五年
(廿五年)新年
【御題 旭出山】
不盡赤し筑波を見れは初日の出
【元日戀 課題】
初日の出隣のむすめお白粉未だつけず
死ぬものと誰も思はず花の春
御降の氷の上にたまりけり
【簔一枚笠一個簔は房州の雨にそほち笠は川越の風にされたるを床の間にうや/\しく飾りて】
簔笠を蓬莱にして草の庵
小松曳袴の泥も畫にかゝん
【義農神社】
初※[#「※」は「奚+隹」、第3水準1−93−66、45−2]も知るや義農の米の恩
元朝や皆見覺えの紋處
【乞食】
元朝や米くれさうな家はどこ
若水や瓶の底なる去年の水
烏帽子着て幣ふる猿や花の春
遣羽子をつき/\よける車哉
一羽來て屋根にもなくや初烏
蓬莱の山を崩すや嫁が君
蓬莱の松にさしけり初日の出
年玉に上の字を書く試筆哉
うつかりと元日の朝の長寢哉
元日と知らぬ鼾の高さかな
君が春箒に掃ふ塵もなし
袴着て火ともす庵や花の春
烏帽子着る世ともならばや花の春
[#改頁]
春 時候 人事
涅槃會や蚯蚓ちきれし鍬の先
かゝり凧奴は骨となつてけり
鶯の目を細うする餘寒かな
虻の影障子にうなる日永かな
鶯の根岸はなるゝ日永かな
【追善】
鳴さして鶯むせふ餘寒哉
【織女《アヤハトリ》圖】
さゝかにの糸ひきのはす日永哉
行く春や大根の花も菜の花も
やす/\と青葉になりて夏近
行春や柳の糸も地について
涅槃會や何見て歸る子供達
烏帽子きた殿居姿の朧なり
【画賛】
面※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、48−4]の聲朧也春の陣
朧夜はお齒黒どぶの匂ひ哉
菎蒻ののびさうになる日永哉
長閑さや障子の穴に海見えて
猿曳も猿も見とれて傀儡師
人の世の工夫ではなし削り掛
ひよ/\と遠矢のゆるむ日永哉
うたゝねを針にさゝれる日永哉
永き日や菜種つたひの七曲り
駒鳥鳴くや唐人町の春の暮
死はいやぞ其きさらぎの二日灸
つく鐘を唖の見て居る彼岸哉
涅槃像胡蝶の梦もなかりけり
名をつけて鴇母にするや崩れ雛
此頃やまだのどかさもあそここゝ
此頃の夜の朧さや白き花
出代やまだ初戀のきのふけふ
水尾谷がしころちぎれし雛かな
ある時はすねて落ちけり凧
涅槃會の一夜は闇もなかりけり
涅槃像寫眞なき世こそたふとけれ
白き山青き山皆おぼろなり
出代りの英語をつかふ別れ哉
朧夜にくづれかゝるや浪かしら
のどかさや松にすわりし眞帆片帆
氣の輕き拍子也けり茶摘歌
春 天文
うぐひすの茶の木くゝるや春の雨
生壁に花ふきつける春の風
競吟 春風や井戸へはひりしつはくらめ[#「競吟」は上部に出ている]
春雨やよその燕のぬれてくる
馬子哥の鈴鹿上るや春の雨
青柳にふりけされけり春の雪
【神田大火】
陽炎や三千軒の家のあと
須磨を出て赤石は見えず春の月
初雷や蚊帳は未だ櫃の底
牛部屋に牛のうなりや朧月
【道後】
陽炎や苔にもならぬ玉の石
春雨に白木よごるゝ宮ゐかな
陽炎や草くふ馬の鼻の穴
春 地理
【虚子去年の草稿を棄きすてたりと聞て】
春の山燒いたあとから笑ひけり
競吟 ほく/\とつくしのならふ燒野哉[#「競吟」は上部に出ている]
〃 さゝ波をおさへて春の氷哉[#「〃」は上部に出ている]
春の山やくやそこらに人もなし
たんほゝをちらしに青む春野哉
江戸人は上野をさして春の山
万歳の渡りしあとや水温む
一休に歌よませばや汐干狩
内海の幅狹くなる汐干哉
燒野から燒野へわたる小橋哉
海人か家の若水猶も汐はゆし
【沙嶋】
貝とりの沙嶋へつゞく汐干哉
氷解けぬ鯉の吹き出すさゝれ波
春の野に女見返る女かな
三つまたにわれて音なし春の水
春 動物
乕といふ仇名の猫ぞ戀の邪魔
のら猫も女の聲はやさしとや
こひ猫や何の思ひを忍びあし
戀猫や物干竿の丸木橋
朧夜になりてもひさし猫の戀
飼猫や思ひのたけを鳴あかし
猫のこひ巨燵をふんで忍ひけり
戀猫にふまれてすて子泣にけり
白魚かそも/\氷のかげなるか
蝶/\や順禮の子のおくれがち
白魚やそめ物洗ふすみた川
競吟 鶯や籔の隅には去年の雪[#「競吟」は上部に出ている]
せり吟 雲雀野や花嫁鞍にしがみつく[#「せり吟」は上部に出ている]
鶯や雜木つゞきの小篠原
蝶/\やをさな子つまむ馬の沓
ぎやう/\し田螺おさへてなく蛙
鶯や籔わけ入れは乞食小屋
鶯やみあかしのこる杉の杜
鶯の影とびこむや皮文庫
壁ぬりの小手先すかすつばめ哉
鹿の角ふりむく時に落にけり
はきだめやひた/\水に鳴蛙
樋《ヒ》の口にせかれて鳴や夕蛙
雪院の月に蛙を聞く夜哉
(秋季)雀ともばけぬ御代なり大蛤[#「(秋季)」は上部に出ている]
迷ひ行く胡蝶哀れや小松原
なごりイ
飯蛸の手をひろげたる檐端哉
り檐の花イ
[#「なごりイ」は「檐端哉」の右側に、「り檐の花イ」は左側に、注記するような形で]
鹿の角落てさびしき月夜哉
五ツ六ツかたまつてとぶ胡蝶哉
小川からぬれて蛙の上りけり
風に來て石臼たのむ胡蝶哉
竹藪や鶯の鳴く窓二つ
竹椽を踏みわる猫の思ひ哉
歸る雁風船玉の行方哉
うか/\と來て鶯を迯しけり
とろ/\と左官眠る
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