もの
五月雨や流しに青む苔の花
夕立や干したる衣の裏表
植ゑつけて月にわたせし青田哉

【松山】
城山の浮み上るや青嵐
踏みならす橘橋や風かをる
夕立や橋の下なる笑ひ聲
梅雨晴にさはるものなし一本木
五月雨や漁婦《タヽ》ぬれて行くかゝえ帶
掬ぶ手の甲に冷えつく清水哉
五月雨は杉にかたよる上野哉
金時も熊も來てのむ清水哉
五月雨に一筋白き幟かな
長靴のたけに餘るや梅雨の泥
鼓鳴る芝山内や五月晴
夕立をもみくづしけり卜屋算
五月雨にいよ/\青し木曾の川
五月雨の雲やちぎれてほとゝきす
谷底に見あげて涼し雲の峰
暮れかけて又日のさすや五月雨
野の道に撫子咲きぬ雲の峰
夕立に鷺の動かぬ青田かな
雲の峰に扇をかざす野中哉
むさし野に立ち並びけり雲の峰
夕立に古井の苔の匂ひかな
梅雨晴や朝日にけぶる杉の杜

【根岸】
五月雨やけふも上野を見てくらす

【六月十九日】
五月雨に御幸を拜む晴間哉

【送別】
招く手の裏を汐風かをりけり

夏 動物

時鳥上野をもとる※[#「※」は「さんずい+氣」、第4水準2−79−6、79−11]車の音
夕くれにのそ/\出たり蟇
ころがつて腹を見せたる鹿子哉
手の内に螢つめたき光かな
時鳥千本卒塔婆宵月夜
聞に出てぬれてもとるや閑古鳥
ちゞまれば廣き天地ぞ蝸牛

【待戀】
蚤と蚊に一夜やせたる思ひ哉
藺の花の中をぬひ/\螢哉
あとはかりあつて消けりなめくしり
世の中をまひ/\丸うまはりけり
菅笠の生國名のれほとゝきす
露となり螢となりて消にけり
浮世への筧一すぢ閑子鳥
どの村へかよふ筧そ閑子鳥
[#「浮世へ」と「どの村へ」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]
すめはすむ人もありけり閑子鳥
並松やそれからそれへ閑子鳥
垣こえて雨戸をたゝくくゐな哉

【根岸】
水鷄叩き鼠答へて夜は明ぬ
谷間や屋根飛こゆるほとゝきす
鵜の首の蛇とも見えて恐ろしき
ある時は叩きそこなふ水鷄哉
一つ家を毎晩たゝく水※[#「※」は「奚+隹」、第3水準1−93−66、81−5]哉

【待戀】
我※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、81−7]を蚊にくはせたる思ひかな
蚊の聲の中に子の泣く伏屋哉
親の血を吸てとぶ蚊のにくさ哉
蚊の聲を分て出たり蟇
初蝉の聲ひきたらぬ夕日哉
雨の夜や浮巣めくりて鳰の啼

【破蕉先生の咄を夫人よりきゝて】
筆もつて寐たるあるじや時鳥
ある時は空を行きけり水すまし
提灯をふつて蚤とるかごや哉

【待戀】
灯ともして又夏虫をまつ夜哉

【歸郷】
故郷へ入る夜は月よほとゝきす
墓拜む間《ヒマ》を籔蚊の命哉

【述懷】
水無月の虚空に涼し時鳥

【殺生戒】
蠅憎し打つ氣になればよりつかず
叩けとて水鷄にとさすいほり哉
枝川や立ち別れ鳴く行※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、82−12]子
剖葦の聲の嵐や捨小舟
よしきりの聲につゝこむ小舟哉
靜かさに地をすつてとぶ螢かな
淋しさにころげて見るや蝉の殼
さかしまに殘る力や蝉のから
晝の蚊やぐつとくひ入る一思ひ
時鳥御目はさめて候か
松の木にすうと入りけり閑子鳥
しん/\と泉わきけり閑子鳥
ちい/\と絶え入る聲や練雲雀
時鳥鳴くやどこぞに晝の月
時鳥不二の雪まだ六合目
時鳥上野を戻る※[#「※」は「さんずい+氣」、第4水準2−79−6、83−10]車の音
蝙蝠や又束髮のまぎれ行く

【義安寺】
山門に螢逃げこむしまり哉
杉谷や山三方にほとゝぎす
新場処や紙つきやめばなく水※[#「※」は「奚+隹」、第3水準1−93−66、83−15]

【聖徳太子碑】
いしぶみの跡に啼けり閑子鳥

【惠原】
宵月や蝙蝠つかむ豆狸
時鳥けふは聾の婆※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、84−5]一人
初松魚引さげて行く兎唇哉
なめくぢの梦見てぬぐや蛇の皮
島原や草の中なる時鳥
足六つ不足もなしに蝉の殼
此頃の牡丹の天や時鳥
此頃は居らなくなりぬ蝸牛
行列の空よこぎるや時鳥

【乞食】
ひだるさに寐られぬ夜半や鵑
燒けしぬるおのが思ひや灯取虫
見ン事に命すてけり初松魚
郭公太閤樣をぢらしけり
蝙蝠やぬす人屋敷塀もなし
頬杖の鐵扇いたし時鳥
幾人の命とりけんほとゝきす
飛び/\に闇を縫ひけり時鳥
あはれさやらんぷを辷る灯取虫
九段阪魂祭るころの時鳥
一聲や捨子の上の時鳥
子になつて浮巣は月に流れけり
宵闇や月を吐き出す蟇の口
鰹くふ人にもあらす松魚賣
螢から螢へ風のうつりけり
吹き亂す花の中より子規
茄子にも瓜にもつかず時鳥
花も月も見しらぬ蝉のかしましき
大釜の底をはひけり蝸牛
蝙蝠や闇を尋ねていそがしき
古壁の隅に動かずはらみ蜘
孑孑の藪蚊見送る別れ哉
時鳥右の耳より左より
挑灯の次第に遠し時鳥
蚊の聲は床のあやめに群れにけり
蠅逃げて馬より牛にうつりけり
大螢ふわ/\として風低し
行燈の丁子よあすは初松魚

夏 植物

【美人圖】
抱起す手に紫陽花のこほれけり

【悼亡】
葉櫻とよびかへられしさくら哉
燕や白壁見えて麥の秋
葉さくらや折殘されて一茂り
卯の花に雲のはなれし夜明哉
植木屋の門口狹き牡丹哉
淀川や一すぢ引て燕子花
金箱のうなりに開く牡丹哉
たそかれや御馬先の杜若
つる/\と水玉のぼる早苗哉
白牡丹ある夜の月に崩れけり
竹の子にかならずや根の一くねり
板繪馬のごふんはげたり夏木立
若竹や雀たわめてつくは山
けしの花餘り坊主になり易き
卯の花にかくるゝ庵の夜明哉
初瓜やまだこびりつく花の形

【青桐虚子同寫の寫眞に題す】
思ひよる姿やあやめかきつはた
麥わらの帽子に杉の落は哉
岩陰や水にかたよる椎のはな
咲てから又撫し子のやせにけり
おしあふて又卯の花の咲きこぼれ
鼓鳴る能樂堂の若葉かな

【送別】
手ばなせは又萍の流れけり

【ある人の山路にて強盜に逢ひたるに】
卯の花に白波さわぐ山路哉
なてし子のこげて其まゝ咲にけり
撫し子を横にくはへし野馬哉
なてしこの小石ましりに咲にけり
撫子を折る旅人もなかりけり
ひる※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、89−2]に雨のあとなき砂路哉
すてられて又さく花や杜若
藻を刈るや螢はひ出る舟の端 一作 藻を刈てはひでる舟の螢哉
[#「一作 藻を刈てはひでる舟の螢哉」は「藻を刈るや螢はひ出る舟の端」の下にポイントを下げて2行で]
紫陽花や花さき重り垂れ重り
押あけてあぢさいこぼす戸びら哉
あぢさいや一かたまりの露の音
※[#「※」は「さんずい+氣」、第4水準2−79−6、89−8]車道にそふて咲けりけしの花
石菖に雫の白し初月夜
晝※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、89−10]の物干竿を上りけり
萍の茨の枝にかゝりけり
萍に乘てながるゝ小海老哉
萍の心まかせに流れけり
      を如何
[#「を如何」は「に流」の左側に注記するような形で]
萍に思ふことなき早瀬かな
浮草を上へ/\と嵐哉
うき草の月とほりこす流哉
河骨にわりなき莖の太さ哉
玉卷の葛や裏葉のちなみもまだ
河骨の横にながれて咲にけり
白蓮の中に灯ともす青さ哉
紫陽花にあやしき蝶のはなだ哉
あぢさいや神の灯深き竹の奧
花の皆青梅になる若木かな
青梅の落て拾はぬあき家哉
筍やずんずとのびて藪の上
         重イ
筍はまだ根ばかりの太さかな
[#「重イ」は「太」の右側に注記するような形で]
竹の子や隣としらぬはえ處
のせて見て團扇に重しまくわ瓜
ほき/\と筍ならぶすごさ哉
うれしけに犬の走るや麥の秋
麥秋や庄屋の娵の日傘
麥の秋あから/\と日はくれぬ
紫蘇はかり薄紫のあき家哉
冷瓜浪のかしらにほかん/\
なでしこにざうとこけたり竹釣瓶
井戸端に妹が撫し子あれにけり
引はれば沈む蓮のうき葉かな
夏菊や旅人やせる木曾の宿 一作 夏菊や木曾の旅人やせにけり
[#「一作 夏菊や木曾の旅人やせにけり」は「夏菊や旅人やせる木曾の宿」の下にポイントを下げて2行で]

【關原】
誰が魂の梦をさくらん合歡の花
不破の關桑とる女こととはん 春季
苗の色美濃も尾張も一ツかな
清姫か涙の玉や蛇いちご
晝※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、91−14]の眞ツ晝中を開きけり
一本の葵や虻ののぼりおり
鎌倉は村とよばるゝ青葉かな
姫百合に※[#「※」は「「韓」のへん+「礼」のつくり」、92−2]飯こぼす垣根かな

【賀山本氏卒業】
すゝしさイ
うるはしや竹の子竹になりおふせ
[#「すゝしさイ」は「うるはしや」の右側に注記するような形で]
痩馬もいさむ朝日の青葉かな
夕※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、92−6]に行脚の僧をとゞめけり

【偸盜戒】
瓜盜むこともわすれて涼みけり
夕立にふりまじりたる李かな
瓜一ツだけば鳴きやむ赤子かな
心見に雀とまれや今年竹
旱さへ瓜に痩せたるふりもなし
一ツ葉の水鉢かくす茂り哉
雲の峰の麓に一人牛房引
涼しさやくるり/\と冷し瓜
瓜持て片手にまねく子供哉
棉の花葵に似るも哀れなり

【岡山徳島等洪水】
泥水に夕※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、93−4]の花よごれけり
一つらに藤の實なびく嵐哉
古池や蓮より外に草もなし
入相にすぼまる寺のはちす哉

【不忍池】
桃色は辨天樣のはちすかな
隱れ家に夏も藜の紅葉哉
老がはで藜の杖に殘しけり
箒木にまじりて青き藜哉
山イ
尼寺に眞白ばかりの蓮哉
[#「山イ」は「尼」の右側に注記するような形で]
咲立つて小池のせまき蓮哉
ぐるりからくろはひ上る南瓜哉
浦嶋草さくやこじきも家持て

【牛淵村にて諸友と互に別るゝ時】
茄子南瓜小道/\の別れ哉
茗荷よりかしこさうなり茗荷の子
藺の花の葉末にさかぬ風情哉
栗の花筧の水の細りけり
風蘭や岩をつかんでのんだ松
蓮の露ころかる度にふとりけり

【画賛】
討死の甲に匂ふあやめかな

【墨画賛】
此頃は薄墨になりぬ百日白
青天に咲きひろげゝり百日紅
白砂に熊手の波やちり松葉
花一つ/\風持つ牡丹哉
萍や出どこも知らず果もなし
藻の花や小川に沈む鍋のつる
卯の花や月夜となればこぼれ立つ
山百合や水迸る龍の口
夕顏 や闇吹き入れる 三日の月
   にまぶれて白し
[#「や闇吹き入れるにまぶれて白し」は、「夕顏」と「三日の月」の間に挟まれるような形でポイントを下げて2行で]
卯の花に不二ゆりこぼす峠哉

【三阪】
旅人の歌上りゆく若葉哉
宵月や牛くひ殘す花茨
葉櫻の上野は闇となりにけり
葉柳の五本はあまる庵哉
夕顏は画にかいてさへあはれなり
夕顏や膝行車を立てさせて

【戀】
卯の花の宿とばかりもことづてん

【戀】
うつむいた恨みはやさし百合の花
窓かけや朧に匂ふ花いばら

【立花口】
絶間より人馬の通ふ若葉哉
萍の杭に一日のいのちかな
生きてゐるやうに動くや蓮の露
紫陽花に淺黄の闇は見えにけり
夕かほのやみもの凄き裸かな
白過ぎてあはれ少し蓮の花
白水の押し出す背戸や杜若
いわけなう日うらの白き胡瓜哉
凌霄や煉瓦造りの共うつり
浮草をうねりよせたるさ波哉
開いても開いてもちるけしの花
重たさを首で垂れけりゆりの花
傘はいる若葉の底の家居哉
[#改頁]

廿五年 秋 時候 人事
    すくむや
鷄の塒に小さし秋のくれ
[#「すくむや」は「小さし」の右側に注記するような形で]
燈籠としらずに來たり灯取虫
ぬすんたる瓜や乞食の玉まつり
箒星障子にひかる夜寒哉
秋たつや鶉の聲の一二寸
何げなく引けと鳴子のすさましき
旅人を追かけてひく鳴子哉
稻妻にひとゆりゆれる鳴子かな
烏帽子着て送り火たくや白拍子
引けば引くものよ一日鳴子引
思ひ出し/\ひく鳴子哉
ひとりゆれひとり驚く鳴子かな
どこやらに稻妻はしる燈籠哉
稻妻に燈籠の火のあばきかな
[#「どこやらに」と「稻妻に」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]
家根の上にどこの哀れぞ揚燈籠
     よそイ  やイ
[#「よそイ」は「どこ」の左側に、「やイ」は「ぞ」の左側に注記するような形で]
籔陰を誰がさげて行く燈籠
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