陽炎や三千軒の家のあと
須磨を出て赤石は見えず春の月
初雷や蚊帳は未だ櫃の底
牛部屋に牛のうなりや朧月

【道後】
陽炎や苔にもならぬ玉の石
春雨に白木よごるゝ宮ゐかな
陽炎や草くふ馬の鼻の穴

春 地理

【虚子去年の草稿を棄きすてたりと聞て】
春の山燒いたあとから笑ひけり
競吟 ほく/\とつくしのならふ燒野哉[#「競吟」は上部に出ている]
 〃 さゝ波をおさへて春の氷哉[#「〃」は上部に出ている]
春の山やくやそこらに人もなし
たんほゝをちらしに青む春野哉
江戸人は上野をさして春の山
万歳の渡りしあとや水温む
一休に歌よませばや汐干狩
内海の幅狹くなる汐干哉
燒野から燒野へわたる小橋哉
海人か家の若水猶も汐はゆし

【沙嶋】
貝とりの沙嶋へつゞく汐干哉
氷解けぬ鯉の吹き出すさゝれ波
春の野に女見返る女かな
三つまたにわれて音なし春の水

春 動物

乕といふ仇名の猫ぞ戀の邪魔
のら猫も女の聲はやさしとや
こひ猫や何の思ひを忍びあし
戀猫や物干竿の丸木橋
朧夜になりてもひさし猫の戀
飼猫や思ひのたけを鳴あかし
猫のこひ巨燵をふんで忍ひけり
戀猫にふまれてすて子泣にけり
白魚かそも/\氷のかげなるか
蝶/\や順禮の子のおくれがち
白魚やそめ物洗ふすみた川
競吟 鶯や籔の隅には去年の雪[#「競吟」は上部に出ている]
せり吟 雲雀野や花嫁鞍にしがみつく[#「せり吟」は上部に出ている]
鶯や雜木つゞきの小篠原
蝶/\やをさな子つまむ馬の沓
ぎやう/\し田螺おさへてなく蛙
鶯や籔わけ入れは乞食小屋
鶯やみあかしのこる杉の杜
鶯の影とびこむや皮文庫
壁ぬりの小手先すかすつばめ哉
鹿の角ふりむく時に落にけり
はきだめやひた/\水に鳴蛙
樋《ヒ》の口にせかれて鳴や夕蛙
雪院の月に蛙を聞く夜哉
(秋季)雀ともばけぬ御代なり大蛤[#「(秋季)」は上部に出ている]
迷ひ行く胡蝶哀れや小松原
          なごりイ
飯蛸の手をひろげたる檐端哉
         り檐の花イ
[#「なごりイ」は「檐端哉」の右側に、「り檐の花イ」は左側に、注記するような形で]
鹿の角落てさびしき月夜哉
五ツ六ツかたまつてとぶ胡蝶哉
小川からぬれて蛙の上りけり
風に來て石臼たのむ胡蝶哉
竹藪や鶯の鳴く窓二つ
竹椽を踏みわる猫の思ひ哉
歸る雁風船玉の行方哉
うか/\と來て鶯を迯しけり
とろ/\と左官眠る
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