く役に立ち不申候。此歌を名所の歌の手本に引くは大たわけに御座候。總じて名所の歌といふは其の地の特色なくては叶はず此歌の如く意味無き名所の歌は名所の歌になり不申候。併し此歌を後世の俗氣紛々たる歌に比ぶれば勝ること萬々に候。且つ此種の歌は眞似すべきにはあらねど多き中に一首二首あるは面白く候。
[#ここから4字下げ]
月見れば千々に物こそ悲しけれ
       我身一つの秋にはあらねど
[#ここで字下げ終わり]
といふ歌は最も人の賞する歌なり。上三句はすらりとして難無けれども下二句は理窟なり蛇足なりと存候。歌は感情を述ぶる者なるに理窟を述ぶるは歌を知らぬ故にや候らん。此歌下二句が理窟なる事は消極的に言ひたるにても知れ可申、若し我身一つの秋と思ふと詠むならば感情的なれども秋ではないがと當り前の事をいはゞ理窟に陷り申候。箇樣な歌を善しと思ふは其人が理窟を得離れぬがためなり、俗人は申すに及ばず今の所謂歌よみどもは多く理窟を並べて樂み居候。嚴格に言はゞ此等は歌でも無く歌よみでも無く候。
[#ここから4字下げ]
芳野山霞の奧は知らねども
       見ゆる限りは櫻なりけり
[#ここで字下げ終わり]

前へ 次へ
全38ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング