はじめたる句法にや候はん。
 新古今に移りて二、三首を挙げんに

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なごの海の霞のまよりながむれば入日《いりひ》を洗ふ沖つ白波
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[#地から5字上げ](実定《さねさだ》)

 この歌の如く客観的に景色を善く写したるものは、新古今以前にはあらざるべく、これらもこの集の特色として見るべき者に候。惜むらくは「霞のまより」といふ句が疵《きず》にて候。一面にたなびきたる霞に間といふも可笑《おか》しく、縦《よ》し間ありともそれはこの趣向に必要ならず候。入日も海も霞みながらに見ゆるこそ趣は候なれ。

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ほのぼのと有明の月の月影に紅葉吹きおろす山おろしの風
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[#地から5字上げ](信明《のぶあき》)

 これも客観的の歌にて、けしきも淋《さび》しく艶《えん》なるに、語を畳みかけて調子取りたる処いとめづらかに覚え候。

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さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵《いお》を並べん冬の山里
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[#地から5字上げ](西行《さいぎょう》)

 西行の心はこの歌に現れをり候。「心なき身にも哀れは知られけり」などいふ露骨的の歌が世にもてはやされて、この歌などはかへつて知る人少きも口|惜《おし》く候。庵を並べんといふが如き斬新にして趣味ある趣向は、西行ならでは得《え》言はざるべく、特に「冬の」と置きたるもまた尋常歌よみの手段にあらずと存候。後年芭蕉が新《あらた》に俳諧を興せしも寂《さび》は「庵を並べん」などより悟入《ごにゅう》し、季の結び方は「冬の山里」などより悟入したるに非ざるかと被思《おもわれ》候。

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閨《ねや》の上にかたえさしおほひ外面《とのも》なる葉広柏《はびろがしわ》に霰《あられ》ふるなり
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[#地から5字上げ](能因《のういん》)

 これも客観的の歌に候。上三句複雑なる趣を現さんとてやや混雑に陥りたれど、葉広柏に霰のはじく趣は極めて面白く候。

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岡の辺《べ》の里のあるじを尋ぬれば人は答へず山おろしの風
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[#地から5字上げ](慈円《じえん》)

 趣味ありて句法もしつかりと致しをり候。この種の歌の第四句を「答へで」などいふが如く、下に連続する句法となさば何の
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