ひられて花漬二箱を購ふ。余りのうつくしさにあすの山路に肩の痛さを増さんことを忘れたるもおぞまし。
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寝ぬ夜半をいかにあかさん山里は月出づるほどの空だにもなし
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 あくる朝又小雨を侵して須原を立ち出づ。このあたりは木曾川の幅稍々広く草木緑に茂りたる洲など見らる。野尻も過ぎて真昼頃|三留野《みどの》に著く。松屋といふにて午飯をしたゝむ、今は雨も全く晴れて心よき日影山々の若葉に照りそふけしきのうるはしければ雨傘は用なしとて松屋の女房に与ふ。女房いと気の毒がりてもぢ/\せしが戸棚かい探り何やら紙に包みて我前にさし出し折からの御もてなしも候はず。都の人にお恥かしながらとかすかに言ふ声いとらうたし。何かと聞けば栗なり。礼をのべてそこを出て路々打ち喰ふに石よりも堅し。よも人間の種にはあらずと思ふにもし便あらば都の人に送りたし。
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はらわたもひやつく木曾の清水かな
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 妻籠《つまご》通り過ぐれば三日の間寸時も離れず馴れむつびし岐蘇《きそ》河に別れ行く。何となく名残惜まれて若し水の色だに見えやせんと木の間/\を覗
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