きつゝ辿れば馬籠《まごめ》峠の麓に来る。馬を尋ぬれども居らず。詮方なければ草鞋はき直して下り来る人に里数を聞きながら上りつめたり。此山を越ゆれば木曾三十里の峡中を出づるとなん聞くにしばしは越し方のみ見かへりてなつかしき心地す。
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白雲や青葉若葉の三十里
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山を下れば驟雨颯然とふりしきりて一重の菅笠に凌ぎかね終に馬籠駅の一旅亭にかけこむ。夜に入れば風雨いよ/\烈しく屋根も破れ床も漂ふが如く覚えて航海の夢しば/\破らる。
朝晏く起き出でたれど雨猶已まず。旅亭の小娘に命じて合羽を買ひ来らしむ。馬籠下れば山間の田野稍々開きて麦の穂已に黄なり。岐岨の峡中は寸地の隙あればこゝに桑を植ゑ一軒の家あれば必ず蚕を飼ふを常とせしかば今こゝに至りては世界を別にするの感あり。
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桑の実の木曾路出づれば穂麦かな
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けふより美濃路に入る。余戸村に宿る。
つぐの日天気は晴れたり。暫くは小山に沿ふて歩めば山つつじ小松のもとに咲きまじりて細き谷川の水さら/\と心よく流る。そゞろにうかれ出たる鶉の足音聞きつけて葎《むぐら》
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