の煩ひもなく只蔦かつらの力がましく這ひ纒はれるばかりぞ古の俤なるべき。
 俳句
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かけはしやあぶない処に山つゝじ
桟や水へとゞかず五月雨
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 歌
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むかしたれ雲のゆきゝのあとつけてわたしそめけん木曾のかけはし
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 上松《あげまつ》を過ぐれば程もなく寝覚《ねざめ》の里なり。寺に到りて案内を乞へば小僧絶壁のきりきはに立ち遙かの下を指してこゝは浦嶋太郎が竜宮より帰りて後に釣を垂れし跡なり。川のたゞ中に松の生ひたる大岩を寝覚の床岩、其上の祠を浦嶋堂とは申すなり。其傍に押し立てたる岩を屏風岩、畳みあげたるを畳岩といふ。
象岩は其の鼻長く獅子岩は其の口広し、此外こしかけ岩俎板岩釜岩硯岩烏帽子岩抔申なりといと殊勝げにぞしやべりける。誠やこゝは天然の庭園にて松青く水清くいづこの工匠が削り成せる岩石は峨々として高く低く或は凹みて渦をなし或は逼りて滝をなす。いか様仙人の住処とも覚えてたふとし。
 此日は朝より道々|覆盆子《くさいちご》桑の実に腹を肥したれば昼餉もせず。やう/\五六里を行きて須原に宿る。名物なればと強
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