ゝむ。早く木曾路に入らんことのみ急がれて原新田まで三里の道を馬車に縮めて洗馬《せば》までたどりつき饅頭にすき腹をこやして本山の玉木屋にやどる。こゝの主婦我を何とか見けん短冊をもち来りて御笠に書きつけたるやうなものを書きて給はれと請ふ。いかなる都人に教へられてかといとにくし。
本山を山で桜沢を過ぐればこゝぞ木曾の山入り、山のけしき水の有様はや尋常ならぬ粧ひにうつゝをぬかし桃源遠からずと独り勇めば鳥の声も耳にたちてめづらし。途上口占
[#ここから2字下げ]
やさしくもあやめさきけり木曾の山
[#ここで字下げ終わり]
奈良井《ならゐ》の茶屋に息ひて茱萸《ぐみ》はなきかと問へば茱萸といふものは知り侍らず。珊瑚実ならば背戸にありといふ、山中の珊瑚さてもいぶかしと裏に廻れば矢張り茱萸なり。二十五六ばかりの都はづかしきあるじの女房親切にそをとりてくれたり。峡中第一の難処といふ鳥居嶺は若葉の風に夢を薫らせて痩せ馬の力に面白う攀ぢ登る。
[#ここから2字下げ]
馬の背や風吹きこぼす椎の花
[#ここで字下げ終わり]
頂にて馬を下りつく/\四方を見下せば古木欝蒼深くして樵夫の小道かすかに隠現す。珍しく
前へ
次へ
全15ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング