しめて池に臨めり。遠近の眺望一目にあつまりて苦あればこそこの面白さ。迚《とて》もの事山に栖みたし。
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またきより秋風そ吹く山深み尋ねわびてや夏もこなくに
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 此夜は乱橋といふあやしの小村に足をとどむ。あとより来りし四五人づれの旅客かにかくと談判の末一人十銭のはたごに定めて鄰の間にぞ入りける。晩餐を喰ふに塩辛き昆布の平など口にたまりて咽喉へは通らずまして鄰室のもてなし如何ならんと思ひやるに、たゞうまし/\といふ声のみかしがましく聞ゆ。
 鄰の雑談に夢さまされてつとめてこゝを立ち出づればはや爪さきあがりの立峠、旅の若衆と見て取りて馬子が馬に乗れとのすゝめは有難や、乗つて見れば旅ほど気楽なものはなし。きのふの馬場峠はなぜに苦みし、路の辺に咲く白き花を何ぞと問へばこれなん卯つ木と申すといふ。いとうれしくて、
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むらきえし山の白雪きてみれば駒のあかきにゆらく卯の花
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 峠にて馬を下る。鶯の時ならぬ音に驚かされて、
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鶯や野を見下せば早苗取
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 松本にて昼餉した
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