ひし御仏の力、末世の今に至るまで変らぬためしぞかしこしや。
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あれ家や茨花さく臼の上
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 又川中嶋を過ぎて篠井まで立戻る。古戦場はいづくの程とも知らねど山と川とに囲まれて犀河の廻るあたりにやあらん。河の水いたく痩せてほとりの麦畠空しく赤らみたり。
 稲荷山といふ処にて雨ふりいでたれば、
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日はくれぬ雨はふりきぬ旅衣袂かたしきいづくにか寝ん
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 つぐの日雨晴る。路々立てたる芭蕉塚に興を催して辿り行けば行くてはるかに山重なれり。野の狭うとがりて次第々々にはひる山路けはしく弱足にのぼる馬場嶺、さても苦しやと休む足もとに誰がうゑしか珊瑚なす覆盆子《くさいちご》、旅人も取らねばやこぼるゝばかりなり。少し上りてとある樹陰の葭簀茶屋に憩へば主婦のもてなしぶり谷水を四五町のふもとに汲みてもてくる汗のしたゝり、情を汲む一口に浮世の腸は洗はれたり。一樹の陰一河の流れとや。ひじりの教も時にあふてこそありがたけれ。
 行くてを仰ぎては苦しみ越方を見下しては慰む。目じるしの大木やう/\近づけばこゝにも一軒の茶屋。山の嶺を
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