サの間なんらの連鎖もないということは、偶然事としてありうるかもしれないが、ちょっと考えられない。かならず底を関連するなにものかが存在するに相違ないという当初の仮定は、ネイルの胸中において、捜査の歩と一緒に確信に進んでいった。アウサア・ネイルは、この事件で名を成して、警察界における今日の地位に達したのだが、実際彼がスミス事件を手がけたのは、適材適所であった。僕はあれで自分の根気を試しただけのことだと、後年彼は人に語っているが、その根気が大変であった。眼まぐるしい変名を追っていちいちスミスに結びつけ、各保険会社の関係書類を調査し、各事件の被害者の身|許《もと》を洗い、有無を言わせないところまで突きとめるために、ネイルはじつに四十三の市町村を飛びまわり、二十一の銀行に日参した。その間面会して供述を取った証人の数は百五十七人にのぼっている。いうまでもなくスミスはこうして自分の頸《けい》部の周囲にひそかに法律の縄が狭められつつあることなどすこしも知らずに、例によってブリストルのエデス・ペグラアのもとにあって悠々自適をきめこんでいたのだ。特命を帯びた刑事が日夜張り込んで尾行を怠《おこた》らなかったことはもちろんである。
逮捕されたのも、そのブリストルの家であつた。ネイルが三人の部下を率いて、みずから出張したのだった。ベルを押して案内を乞《こ》うと、エデスが玄関に出て来た。四人の警官は、ガス会社の定期検査人に化《ば》けていたので、わけなく家内へはいり込んだ。だらしない服装をしたジョウジ・ジョセフ・スミス――その時はかなりの年配で、立流な口|鬚《ひげ》を貯えていた――が、台所の煖炉《だんろ》の前で石炭を割っていた。その彼の肩へ、ネイルが手を掛けるのを合図に、三人の探偵が左右と背後からいちじに襲った。当面の逮捕の理由は、もちろん殺人ではなかった。それは伏せておいて、弁護士の手数料を払わないというので告発されたことに細工ができていた。スミスはすっかり安心していて逮捕の時も顔色一つ変えなかった。
裁判は、一九一五年の六月二十二日から九日間続いた。裁判長はスクラトン氏、検事がアウチボルド・ボドキン卿、弁護人は故エドワアド・マアシャル・ホウル卿という花形ぞろいの顔ぶれであったが、ホウル卿の弁護がいかに巧《たく》みであっても、鋼鉄のような事実は曲げることができない。スクラトン裁判長が陪審《
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