ホいしん》官に示した要点の覚書《おぼえがき》というのが、雄弁にこの犯罪の内容を物語っている。
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一、各事件を通じて、死が浴槽内に突発したること。
二、各事件を通じて、浴室の扉《ドア》に内部から鍵が掛けてなかったこと。
三、各事件を通じて、死者がその死の直前に被告に有利なる遺言書を作成していること。
四、事件の多くを通じて、死者がその死の直前に生命保険に加入させられていること。
五、各事件を通じて、動産の可能なるものは、あらかじめすべて現金に換《か》えられていること。
六、各事件を通じて、死者はその死の直前に医師を訪問せしめられていること。および、死と同時に必ずその医師が呼ばれて死亡証明を書いていること。
七、各事件を通じて、死者の実家ならびに親戚《しんせき》等に死後二十四時間内に通知が発せられていること。および、各事件を通じて、その筆跡が同一であり、鑑定人はそれを被告のものと鑑定せること。
八、各事件を通じて、屍《し》体発見の直前に、被告は、夕刊、食料品を購《か》うためちょっと外出していること。
九、各事件を通じて、被告は、家人があがって来て見るまで、屍体を浴槽内に放置しおきたること。
十、各事件を通じて、死は、被告の変名による詐欺結婚の直後に起こりたること。
十一、各事件を通じて、その死によって直接財物上の利益を享《う》けたる者は被告にして、かつ被告一人なること。
十二、各事件を通じて、死体はいずれも最少の費用と、最大の速度と、もっとも不鮮明なる方法とによって埋葬《まいそう》されていること。
十三、各事件を通じて、被告は、事件後ただちにエデス・メエベル・ペグラアの許《もと》に帰っていること。
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 スミスに運の悪いことには、この項目の数が十三[#「十三」に傍点]である。これだけそろえばたくさんだ。
 ただ一つ、実際的にスミスがどういう方法で浴槽内でああ次々に女を殺すのに成功したのか、その手口が判然しなかった。この殺人は、沈黙と、些少《さしょう》の抗争の裡《うち》にごく短時間に行なわれたに相違ない。多くの場合、屍《し》体は、浴槽の幅の広い部分へ脚を向けている姿勢で発見された。普通入浴する時とは反対の体位で、すくなからず不自然である。ことにブラックプウルのアリス・バアナム殺しの時の浴槽を測《はか》ってみる
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