ノ、マアガレット・ロフティが浴槽で変死した記事が小さく出ていた。
 スミスは近代における新聞というものの遍在性を失念《しつねん》していたばかりでなく、数度の「悲劇的結婚」によって、相手の女の親類や知人の間に多くの敵をつくっていたことをも、無視していたわけではないが、軽視していた。このマアガレット・ロフティの変死事件が新聞に載《の》ると、二人の人が英国内で地方を異にして同時に首を捻《ひね》った。二人とも、以前自分の知っている場合とその状況があまりに相似していることと、医師の死亡検案書がほとんど同一なのとに、不気味な戦慄《せんりつ》を感じたのだった。その戦慄は、ただちに好奇的な興味に一変して、二人とも同じ動機から、言い合わしたように同じ行動を採《と》っている。一人はいま言ったアストン・クリントンの故アリス・バアナムの兄チャアルス・バアナムで、他の一人は、あのブラックプウル町コッカア街の下宿の主人クロスレイ氏だった。チャアルス・バアナムは、さっそくそのマアガレット・ロフティ事件の新聞記事を切り抜いてそれを、妹のアリス・バアナム事件の載ったブラックプウルの新聞と一緒に、対照を求めてアイルズベリイの警察へ送付した。それとほとんど同時刻に、クロスレイも二つの新聞をまとめて、彼は地方警察へではなく、直接注意を促《うなが》して|ロンドン警視庁《スカットランド・ヤアド》[#「警視庁」は底本では「警察庁」と誤植]へ送り付けた。ここに初めて、ロンドン警視庁[#「警視庁」は底本では「警察庁」と誤植]はびくっと耳を立てたのだ。
 捜査主任として第一線に活動したのは、のちの警視総監、当時の警部アウサア・ネイル―― Mr. Arthur Neil ――だった。この捜査は、じつに長期に亘《わた》って人知れぬ努力を払わせられた記録的なものだという。それはちょうど長夜の闇黒《あんこく》に山道を辿《たど》り抜いて、やがて峠の上に出て東天の白むを見るような具合だった。一歩一歩足を運ぶごとく証拠をあげて、事実の上に事実を積み重ねていったのである。これからの「浴槽の花嫁」事件――すでにジャーナリズムが拾いあげて、いちはやく、“Brides of the Bath Mystery”という、探偵小説めいた名を冠《かん》してそろそろセンセイションになりかけていた――がその多くの共通点に関係なく、すべて独立の過失で、
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