・ブラドンは不在のようだったが、寝巻一つに着|更《が》えたアリスが出てきて、すぐ廊下を隔てた浴室へはいって行くのを見た。浴室は二階にあって、イギリスあたりの下宿屋の多くと同じ建造でちょうど台所の真上にあたっていた。
 クロスレイ夫人が湯ができたと報《しら》せて来たとき、ブラドンも部屋にいたのだったが、女将の声を聞くと、なぜか彼は、それとなく扉の内側へ隠れるようにして、見られまいとした。そして女将が階下へ降りて、アリスが浴室へはいって行くと、彼もすぐあとを追って浴室のドアを叩いた。
「おれだよ、アリス。一緒にはいろうじゃないか。」
 良人《おっと》の声なので、アリスは、一度掛けた鍵をまわして、快くブラドンを浴室へ入れた。彼女は真裸の姿で、浴槽に片脚入れて媚《こ》びるように笑っていた。西洋の浴槽だから、小判形に細長く、一人が寝てはいるようにできている。ブラドンは、看護婦あがりの若いアリスが一糸も纏《まと》わない肉体をその湯槽に長々と仰臥《ぎょうが》させるのを眺めていた。浅い透明な湯が、桃色の皮膚に映えて揺れていた。ブラドンは自分も衣服を脱ぐ態《てい》をしながら、湯の中へ手を入れてみた。そして、すこし微温《ぬる》いようだといって、湯の栓《せん》を捻《ひね》った。それから、湯の量が少ないといって水の栓も開けた。こうして二つの栓から迸《ほとばし》る湯と水の音で、彼はつぎの行動に移る前に、あらかじめ物音を消しておこうとしたのだ。じつに用意周到なやり方だった。首から上だけを出して湯に浸《つ》かっていたアリスは、とつぜん良人《おっと》の手が頭にかかったので、笑顔を上げた。浴槽へまで来て狂暴な愛撫をしようとする良人を、嬉しく思ったのだ。ブラドンは、片手でアリスの上半身を押え付けて、片手で彼女の頭を股の間に捻《ね》じ込もうとした。はじめアリスは冗談と思ったのだが、良人《おっと》の手に力が加わって、真気《ほんき》に沈めようとかかっているので、急に狼狽《ろうばい》して※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36、142−15]《もが》き始めた。しかしまもなく、彼女の頭部は湯の中に没して、しばらく両手を振って悶《もだ》えていたが、すぐぐったり[#「ぐったり」に傍点]となって、その頭髪は浴槽いっぱいに拡がるよう見えた。騒ぎは、ブラドンの意図したとおり、水音に覆われ、浴室外へはすこしも洩れなかっ
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