ェあったが、ブラドンのスミスは、最初から、そのたれにも気受けがよくなかった。ぐうたららしい彼の容貌や態度が、家人の気に入らなかったのだ。ことに父親の老バアナムは、ひどくブラドンを嫌って、娘に会うために家を訪問して来ることを、きっぱり断った。それが十月三十一日だった。すると、その四日後に、ブラドンに唆《そそのか》されたアリスは、この猛烈な家族の反対を無視して、彼と結婚してしまった。そしてその翌日、ブラドンはさっそく「愛妻」アリスを五百ポンド――約五千円――の生命保険に加入させている。
これでアリスの呼吸に五百ポンドの値段がついたわけだが、ほかにも彼女は、自分名義のささやかな財産をもっていた。百ポンドというから約千円だ。大部分は父から貰ったものだが、残余は自分の貯金だった。この金は、父のバアナム老が管理していたので、結婚後数日|経《へ》て、アリスは家父に手紙を書いて、ただちに全部送金するように頼んでやったが、いくら待っても送ってよこさないので、十一月二十二日に、ふたたび催促《さいそく》の手紙を出した。それでも、なんの返事もない。アリスは、中二日おいて、父を訴える意気込みで弁護士のもとに相談に行ったりしている。ブラドンが陰にあって一日も早く現金を取り寄せるようにアリスを急《せ》き立てたようすが、想像されるのである。こうなると父のバアナム老も負けていない。同じく弁護士を訪問して対策を講じた結果、彼としては、娘の婿《むこ》であるブラドンという人物に明瞭でない個所があって不安を感じていて、そのために送金しないだけのことなのだから、あらためて、その弁護士が、依頼者バアナム老人の代理格でブラドンに一書を飛ばして、彼の出生、家族関係、職業、財産など、彼自身に関する満足な説明を求めたのだがこれにたいして書き送ったブラドンの返事なるものは、こういう犯罪者の無責任な嗜悪戯《しあくぎ》性を発揮していて、特徴のあるものである。彼は、老バアナムは自分とアリスとの結婚を承認しないという理由の下に、アリスの金を送ってよこさないものの、アリスは成年に達しているので、その結婚は父の承認を経《へ》ないでも有効なのだから、バアナムの立場は、なんら法律的に根拠のあるものでないことを熟知していたし、また相手方の弁護士がそれを承知しきっていることも心得ていたので彼の返書は、じつに悪ふざけを極《きわ》めたものだっ
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