ス。ブラドンはこの手紙の中で、自分の母は荷馬車の馬であり、父はその御者《ぎょしゃ》、姉は曲馬団の調馬師、兄弟はすべて道路の地|均《なら》し用蒸気ロウラアに乗り組んでいる小意気な船員たちだと、ユウモラスなつもりだろうが、このごろ流行《はや》るナンセンス文学みたいな、なんだか要領を得ないことを言っている。
とうとう仕方なしにバアナム老が負けて、百四ポンドの小切手を送ってよこしたが、それがまっすぐブラドンのポケットへ落ちたことはもちろんだ。十二月八日に、アリスの保険証書が会社から届いた。即日彼は、たんに形式だからとアリスを説いて、遺書の交換をやっている。それによって、どっちでも先に死んだ方が、残る者のために財産全部を遺《のこ》して逝《ゆ》くことに法律的に決定したわけだが、どっちが先に死ぬかとは、ブラドンがアリスを一眼見た時から、とうに決まっていたのだ。こうしてすっかり準備ができたところで、ブラドンはアリスを伴ってブラックプウルの町へ出たのである。
これが一九一三年の十二月九日で、三日後の十二日には、早くもアリスの遺書が口をきくことになった。アリスの所有品と貯金と保険金を掻《か》き集めたブラドンは、本名のスミスになって情婦のエデス・ペグラアのもとへ帰り、カラアも着けずにスリッパ一つで家の中をのろのろしているような生活を数カ月続けた。
すると、翌一九一四年の八月のことだ。
アリス・リイヴル――偶然にも前の被害者と同じ呼名である――という女中が、ボウンマスでチャアルス・オリヴァ・ジェイムスと呼ぶ男と知りあいになった。チャアルス・オリヴァ・ジェイムスなんて、山田太郎みたいに変名変名していて、あまり上手な変名とはいえないが、とにかくこの Mr. Charles Oliver James は、知り合いになった四日目に、電光石火的にアリス・リイヴルに結婚を申し込んだ。アリス・リイヴルは、女中ながらも真面目に働いて、七十ポンドの銀行預金と家具をすこしとピアノを一台持っていた。彼女は、チャアルス・オリヴァ・ジェイムスの結婚の申し込みをさっそく承諾して、ピアノを十四ポンドで売り払って、結婚の日の九月十七日に、その金と一緒に、預金引出しの委任状に署名までして良人《おっと》チャアルス・オリヴァ・ジェイムスに渡している。結婚式を挙げたのはウィルウィッチの教会だった。同日、まもなく、二人はラ
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