わせて、忌々しそうに青年へ渡すと、引換えに、紳士は問題の時計を受取った。今毀れたものらしくなく、針など赤く錆びているその時計をフリント君が手の裡に調べていると、汽車は滑り込むように、眠っているスクラントンの停車場へ止まった。
「色々有難うございました」
「何うもお喧《やかま》しゅう――」
一度にこういう声がした。青年と女とがにこにこ笑いながら、腕を組んで降りるところだった。善行をしたあとの快感に耽っていたフリント君は、何の気なしにそれを見送っていた。その手から時計を取りながら、紳士が叫んだ。
「遣られましたよ。御覧なさい、この時計だって前から毀れていたものです。畜生、何て野郎だろう、あの女の図々しいったらありゃしない、一つとっちめて遣らなくちゃ――」
立ち上ると一しょに紳士は二人のあとを追掛けようとした。
「お待ちなさい、ま、お待ちなさい。相手が悪い」
と言ったフリント君の頭には、俯向いている少女のしおらしい横顔が焼付けられてあった。
「何をしやがる」紳士はフリント君の手を払うと、動き出した列車から飛び下りた。三人揃って改札口を出て行くのが窓からちら[#「ちら」に傍点]っと眺めら
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